渡辺清著「砕かれた神」は、戦争を知らない世代の必読書(宗補雑記帳から復活ブログ)
2007年2月9日 渡辺清著「砕かれた神」は、戦争を知らない世代の必読書
渡辺清著「砕かれた神」(岩波現代文庫)を読み終えた。実に痛快で説得力抜群の内容だった。この本の存在をもっと早くから知っていればとも思った。これこそ、学校教育の副読本のひとつに指定したらいいと思う。
先月、新宿の書店で立ち読みしていたら、この本がオススメというようなことが何かに書いてあった。捜したら書店にはなかったので、早速アマゾンで中古本を取り寄せた。読み始めたら、これほどの説得力をもって昭和天皇の戦争責任と、人間が卑劣だということを実感させてくれる本に出会ったことはなかった。電車の中で密かに興奮しつつ、心の中では喝采を送りながら読み継いだ。以下に一部を引用したい。
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九月三十日
天皇がマッカーサーを訪問(九月二十七日)。昨日ラジオで聞いたが新聞にも五段ぶちぬきでそのときの写真が大きく出ている。
それにしても一体なんということだ。こんなことがあっていいのか。(中略)
こともあろうに天皇のほうから先方を訪ねているのだ。しかも訪ねた先方の相手は、おれたちがついせんだってまで命を的に戦っていた敵の総司令官である。「出てこいニミッツ、マッカーサー」と歌までうたわれていた恨みのマッカーサーである。その男にこっちからわざわざ頭を下げていくなんて、天皇には恥というものがないのか。いくら戦争に負けたからといって、いや、負けたからこそ、なおさら毅然としていなくてはならないのではないか。まったくこんな屈辱はない。人まえで皮膚をめくられたように恥ずかしい。自分がこのような天皇を元首にしている日本人の一人であることが、いたたまれぬほど恥ずかしい。(中略)
陸海軍の大元帥として捨て身の決闘でも申し込みにいったというなら話はわかる。(中略)おれにとっての「天皇陛下」はこの日に死んだ。そうとでも思わないことにはこの衝撃はおさまらぬ。
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十月一日
おれのこれまでの天皇に対する限りなき信仰と敬愛の念は、あの一葉の写真によって完全にくつがえされてしまった。おれは天皇に騙されていたのだ。
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翌年一月二日
おれは天皇がこれほどまでに無責任な方だとは思わなかった。八月十五日以来、いつかは潔くその責任をとるだろうと思っていた。それをまたひそかに信じていた。どうしてそんなもっともらしいことが言えるのか。道義が衰退した根源はそもそも天皇自身にあうのではないか。
これは元旦の昭和天皇の詔書の新聞報道を読んでの憤りをつづったものだ。「詔書」で敗戦の混乱で道義がうすれてきたことを天皇が憂うという内容に対しての怒りだ。
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この本は戦後復員した当時19歳の著者の日記だ。昭和20(1945年)年9月2日から始まり、翌年4月20日までが収録されている。16歳で海軍に志願入隊した若者が、復員後に郷里の静岡県で農家の家族と暮らす生活と心情を率直につづられている。今でいえば高校生から大学生の4年間を、軍艦の戦闘員として戦い、奇跡的に生き残った帰還兵が61年前の日本の状況をどんな思いで生きようとしていたのか、戦争を知らない世代の私にも手に取るようにわかるところが有り難い。いま80代の戦争体験者から聞く記憶とは、違う意味の正確な感情が吐露されていると感じる。
著者の渡辺さんは、16歳で海軍に志願兵として入った少年兵だった。いわゆる学徒出陣のインテリ層に属する人ではない。入隊から約一年後から一水兵として米海軍との主立った海戦を戦い、最後はフィリピンのレイテ沖海戦の途上で乗艦していた戦艦武蔵が沈没(44年10月24日)し、仮死状態で漂流していたところを味方の船に助け出された。同年兵は全員戦死。乗員約2400人の半分近くが戦死し、救出後もフィリピン各地の戦闘で多くが帰還できなかったようだ。奇跡的に生還した著者の「死にはぐれたうしろめたさ」も日記にはにじみ出ている。ちなみに、戦艦武蔵は全長263メートルで、戦艦大和と同じクラスの巨艦だった。
渡辺さんの昭和天皇に対する怒りは、実は天皇のために死ぬことしか考えずに、志願兵の資格としてはぎりぎりの若さで入隊したところから来ている。日記をつけ始めてから1週間後の九月七日の日記にはこうある。
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国のため、同胞のため、そして誰よりも天皇陛下のために死ぬこと、天皇陛下の「赤子」として一死もってその「皇恩」に報いること、それをまた兵士の「無上の名誉」だと信じ、引きしぼるようにその一点に自分のすべてを賭けていた。
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この日記は、そうした思いで海軍に志願した渡辺さんが、敗戦後の日常生活を取り戻す暮らしの中で、大元帥昭和天皇や東条英機大将などの戦争指導者が、戦争責任をあいまいにしている報道に接し、自分は騙されたという感情から、ひたすら天皇を信じ、聖戦を信じていた自分自身の誤りに気づいていく自然の流れが読みとれることにもある。小学生になり、「万世一系」「現人神」「忠君愛国」などを学校で繰り返し教え込まれ、鵜呑みにしていたところに隠れた落とし穴があったと自省している。報道機関の豹変ぶりも伝わってくる。
日記の最後となる四月二十日、渡辺さんは、天皇から受けたことになっている軍隊期間中の俸給と食費、支給された軍衣などの全ての金品リストを列記したうえで現金換算し、4282円の現金と天皇宛の手紙を同封し、宮内庁に送ったことを書いている。日記の結びのはこうある。
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私はこれでアナタにはもうなんの借りもありません。
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すごい本だ。渡辺さんは56歳で1981年に病死した。この本がはじめて刊行されたのは1977年で、岩波現代文庫版は2004年に刊行されている。戦争を知らない世代には必読書だと思う。とりわけ、現役政治家や官僚、これからなろうとする若者に。
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