2002年4月:説得力不足でしたので、生の声を~宮内勝典海亀通信掲示板書き込み(宗補雑記帳よりの復活ブログ)
(注:この文章は尊敬しその作品が好きな作家宮内勝典さんのホームページ掲示板に2002年に書き込んだものです)
具体的なパレスチナ人の生の声をお伝えしなくては説得力不足でした。
イスラエル軍が侵略中のヨルダン川西岸の北端にある町がジェニン。イスラエル領に隣り合う地区だ。昨年11月、10年ぶりにパレスチナを取材したときには、ジェニンの郊外にある村に住むサエッド君(25歳)の自宅を訪問した。ジェニンと村の間を結ぶ幹線道路から間近に見える位置に、戦車が2両、畑の土に隠れるように置かれ、銃身は道路に向けられていた。道路は3ヶ月間封鎖され、前日にたまたま障害物が取り除かれたとのことだった。
私はサエッド君に会ったのは彼が15歳の時。1991年当時の彼は東エルサレムにある「国境なき医師団」ベルギー支部から派遣された理学療法士が指導するリハビリセンターで、上半身の筋肉を使う訓練をしていた。運悪く彼がイスラエル兵の銃弾の直撃を受けたのは、中学生だった14歳の時。村の中にある学校を取り囲んだイスラエル兵が撃ったダムダム弾が、右腕に当たり、右の脇腹に食い込み、心臓近くを貫通し左半身の背中から身体の外へ飛び出した。そのため脊椎の損傷で下半身不随となっていた。(ダムダム弾とはジュネーブ条約で使用が禁止されている破壊力の高い銃弾だ。当時も今もイスラエル軍はダムダム弾の使用を止めていない。)
リハビリ中の15歳のサエッド少年の瞳は、静かな悲しみをたたえていたのが印象的だった。その時の写真を元に、二つの病院で訪ね歩いて得た結果が、ジェニンに住むという情報だった。エルサレムを出発し、乗り合いタクシーを4度乗り換え、山道ではロバ馬車に乗り換え、ジェニンには6時間以上かかってたどり着いた。本来ならば自動車で2時間程度の距離だと思われるが、幹線道路も山道もイスラエル軍による検問所や障害物などで何カ所も遮断されているため、パレスチナ人の移動や労働の自由が奪われていたためだ。(現在のヨルダン川西岸はイスラエル軍の全面的展開で、移動の自由が利かず、取材が困難と推測します)
25歳となったサエッド君は車椅子生活。新婚だったが、両親、弟夫婦と4年前に建て替えた家で暮らしていた。彼は細身で物静かな雰囲気は変わらなかった。その晩は彼の家に泊まらせてもらい、ラマダン中の特別夕食をごちそうになり話を聞いた。通訳は村に住み、ジェニンにあるパレスチナ自治病院で医師のインターンをしているサエッド君の友人がやってくれた。
「戦争は何も解決しない。シンプルなパレスチナ人も、シンプルなイスラエル人も戦いを望まず、平和に暮らしたいと思っている。シャロンのような政治家だけがパレスチナ人と隣り合って暮らすのを嫌がっている。イスラエルの入植地はガンのようなものだ。入植者は元の所へ帰るべきだ。入植地の土地はパレスチナ人に返還されれば、お互いに戦うこともなく暮らすことができる」
「イスラエル政府もイスラエル軍もイスラエル国民の顔といえる。シャロンは国民によって選出されたのだから、シャロンもイスラエル軍も国民も一つの同じ輪だ」
「空や地下水が我々の自由にならなければ、国家の意味がどこにあるだろう。自分の土地での移動の自由がないのならば、国家の意味がどこにあるのだろう」
93年のオスロ合意以降、ヨルダン川西岸の主要都市がパレスチナ暫定自治区に組み込まれる一方で、イスラエル人入植地の新設拡張は進み、2万戸を越える新住宅が建設され、入植者数140、入植者数40万人となったという。占領地に入植地を建設することは、国連決議違反。ヨルダン川西岸もガザ地区も、入植地が虫食い状態にある現実のまま恒常的停戦と和平がもたらされるといえるでしょうか。
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