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2018年12月11日 (火)

2000年8月:朗読者、広島、長崎 山本宗補 MAIL~宮内勝典海亀通信掲示板書き込み(宗補雑記帳よりの復活ブログ)

(注:この文章は尊敬しその作品が好きな作家宮内勝典さんのホームページ掲示板に2000年に書き込んだものです)

 先日、新宿の書店で「朗読者」を買ってきました。
何十冊と平積みで売られていたので、探すこともなく見つけました。
今月中には読むのが楽しみです。

 10数年前、ポーランドに残るアウシュビッツ(現地ではオシビェンチムと読んでいる)を訪れたとき、今世紀最大の民族抹殺の歴史的現場と なった強制収容所跡を徹底して当時のままに近い状態で残し、後世の人々に何が行われたのかを伝える意志の力強さの圧倒されたものです。

 一人でゆっくりと写真を撮ったのですが、帰国後にフィルムを現像 した時に驚愕したのです。一本のフィルムには強制収容所に残る殺戮されたユダヤ人の顔写真と、そこに重なるように生きているポーランドの 炭坑夫の一家のポートレート写真が重なるように写りこんでいたのでした

 アウシュビッツを訪れる前日に、近くにある大きな炭坑の町で、一家のポートレートを撮影したフィルムを、完璧なうっかりミスで再び撮影 に使ってしまったためでした。単純にプロカメラマンとしては失格のミスを犯したのですが、振り返ってみると、アウシュビッツの何かが、私の能ミソの判断能力を阻害した ことは間違いないと信じています。

 広島に原爆が落とされてから55年後の8月6日の夜、NHKで広島市内の袋町小学校の壁面に残る55年前の伝言と、それらを書き残した人たちの家族や関係者をドキュメントする番組をみました。 涙があふれてきました。原爆により負傷した人々が避難した小学校の 壁が掲示板として使われ、55年前のままの壁面が残されていたのです。そうした壁面によりかかって、おそらくたくさんの負傷者が息絶えたことでしょう。そうした光景が浮かんでくるような空間が残され、 伝言を書き残した遺族が、初めて壁の前にたち絶句する映像もありました。
 
 番組の最後には、この袋町小学校が老朽化のために解体工事が進行中で、伝言の書かれた壁面が切り取られて保存されるとの説明が付け加えられたのですが、私が愕然としたのは、この原爆の記憶と人々の悲しみが刻み込まれた歴史的な建物を跡形もなく解体するという事実です。

 建物全体を残さず、伝言の書かれた壁面のみを切り取り、おそらく広島の原爆博物館に常設展示するのでしょう。 単にこぎれいで、コンパクトにまとまっただけの近代的原爆博物館(世界中の人類に広島の原爆の被害のすさまじさを伝えようとする意志が薄弱のコンクリート空間)に陳列されるだけで、55年前に書き残された伝言の重みが喪失するだけにすぎないことを懸念します。 (古いビルを利用した長崎市内の原爆博物館の、変に洗練されていない 展示方法の方が、広島よりもはるかに心に響くものです)

 時としてあいまいな人の記憶を補助してくれるのが、袋町小学校などの歴史の証言を残す建物のはず。切り取って博物館の中に閉じこめて、一体どうやって子どもたちや世界中の人々に原爆を破壊力と原爆が 人類にもたらす際限のない悲惨さを、説得力を持って伝えようとする
のだろうか。

まさ君へ 山本宗補 MAIL 2000/07/27

ノーテンキな若者があふれ、無責任な大人や政治家、経営者が あふれる世紀末の日本。
宮内さんの海亀通信には何故か、きまじめな若者が吸い寄せられ てくるようだ。

 「自由の獲得か死か」 カッコイイことばだね。まさ君の年齢はわからないが、そんなにつきつめて考えたいなら、ちょっと外の世界をみてくるのがいい。ぼくのオススメは、近いところでは四国の八十八カ所を めぐるお遍路だ。ちょうど、一週間の撮影・取材に行ってきたところで、様々な年齢の男女が全行程1400キロを歩いていた。
早くても四十日以上はかかり、半端な気持ちでは 太刀打ちできない行程だ。 四国には異質な価値観や幅広い寛容度に根ざした日本人が 生活している。とことばで言ってみても伝わらないだろうが。別の日本社会が現存する。

 ノーテンキな若者も、無責任な大人も、どれほど才能あふれる人も、親の愛をたくさん受ける人でも、この世に生まれたからには 我々には必ず死を迎える時がくる。ひとりひとりの往き方があり、いづれ間違いなくやってくる。 ぼくはその時まで急ごうとは思わない。

君は手塚治虫のマンガ世界を知っているかい。
「火の鳥」「ブラックジャック」「ブッダ」「ファウスト」
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