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2015年5月の投稿

2015年5月 7日 (木)

始まりました、京都での長期写真展。戦後70年平和企画 山本宗補写真展 「戦後はまだ・・・刻まれた加害と被害の記憶」

(写真はクリックすると拡大します)

Photo写真展とポスターの画像。福島県南相馬市の津波の被害を撮影中の福島菊次郎さん(この時90歳)。原発事故が起きた年の秋に、私が被災地を案内した時の写真。

 立命館大学国際平和ミュージアムでの二ヶ月の写真展が3日から始まった。
武力による国際紛争の解決を否定した9条を持つ平和憲法が68歳の誕生日を迎えた記念すべき日だ。

 講演会とギャラリートークも企画されていて、50人ほどが参加してくれた。普段の講演会では中高年がほとんどなのだが、今回は私よりも若い世代も目立つほどで、励みになった。何といっても若い世代にこそ知ってほしいからだ。

 写真展の広報記事は地元の京都新聞が大きく掲載してくれていた。記事を書いてくれたのは編集委員の永澄さん。以下は記事のコピー。
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 山本宗補さん(61)=東京都東久留米市=はアジアを主なフィールドとするフォトジャーナリスト。2005年から8年間かけて本土だけでなく沖縄、中国、東南アジアなどで、戦争体験者70人に取材し、その肖像写真と証言をまとめた写真集「戦後はまだ…刻まれた加害と被害の記憶」を13年に出版した。

 今回は、写真集に収められた韓国在住の元慰安婦や、家族と親族21人を旧日本軍に殺されたシンガポールの華僑、中国人を生体解剖した元軍医、シベリア抑留者ら70人のモノクロ写真を展示するとともに、山本さんが聞き取りした証言を紹介。加害と被害が複雑に絡み合う戦争の実態に迫る

 山本さんによると、70人のうち24人がすでに亡くなったといい、戦争体験をどう次世代に伝えていくかが大きな課題だ。「せっかくの大学施設での開催。若い人にも多く来てもらい、日本の戦争加害について考えるきっかけになれば」と山本さんは話している

 7月4日まで(午前9時半~午後4時半、月曜休館、ただし4日は開館)。3日には山本さんの講演とギャラリートーク。大人400円、中・高生300円、小学生200円。問い合わせは同平和ミュージアムTEL075(465)8151。
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◯韓国から李玉善ハルモニが来館(6月28日追記)
 韓国のテレビ局の取材で、李玉善ハルモニ(88歳)がナヌムの家のスタッフ付き添いで来館した。

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李ハルモニの写真の前で、日中戦争を戦い、シベリア抑留となった元日本兵の安田優三さんとの対話が収録された。

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まったく予想外の取材の進行となったが、「こうして一人一人はわかりあえるのに」というハルモニの言葉と、「日本軍慰安婦にさせられた方のお話を直接聞くと、ほんとうに申し訳ない気持ちでいっぱいです」との安田さんの心からのいたわりの言葉に救われる思いをした日となった

_8ds7770jpg李ハルモニと写真の前で記念写真。


_8ds7741jpg大阪の高校生が写真展を観るために来館したら、たまたま李ハルモニの生の声を聞く幸運にめぐり合った。感激していた。高校生は展示されている一人一人の実体験から、戦争の実像をとらえる感性を持っている。

 旧日本軍慰安婦問題解決に、日本政府による本心からの公式な謝罪と補償が欠かせないことはいうまでもない。残念だが、「慰安婦」(=性奴隷被害者)問題は、女性に対する重大な人権侵害との国際社会の視点に目をつむり、侵略戦争さえも認めず、自らの言葉で謝罪することを拒否する安倍自公政権下では、無理な話なのかもしれない。

インド仏教最高指導者の佐々井秀嶺師が来館・ギャラリートーク(6月18日追記)
 11年前から密着取材をしている佐々井師が、高野山での講演などを終え、16日に来館されたので、公開ギャラリートークを開催した。(高野山大学での佐々井師の講演を取材後、私は一足先に京都入りしていた)

 たまたま来館中の参加者も含め、およそ30人ほどにぶっつけトークをさせてもらった。45分で切り上げる予定だったが、1時間をこえてしまったようだ。

 ちなみに、在インド50年余となる佐々井師は、これまでに何度か死を向き合う破天荒な生き様を送ってきたが、昨年8月は危篤状態から復活した。まだまだインドでの使命が完了していないということかもしれない。奇跡的回復の様子は、昨年8月のブログでご覧ください。

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・赤旗掲載記事(6月11日)
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◯林博史先生の講演会(5月30日) (6月1日追記)
_8ds1244jpgsumi写真展会場入り口で林先生の記念写真を撮らせていただいた。


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_8ds1240jpgsumi私のギャラリートークに参加していただいたみなさん。トークは30分のつもりが、40分になってしまった。

 写真集の売れ行きは予想外に好調だと事務局の方から聞いた。


講演会とギャラリートーク(5月3日)
Img_0847jpgjpgweb講演会(韓国人ジャーナリスト・安海龍さん撮影)

Rimg0389jpgweb講演会

Mainichi盛況の出だしとなったのは、毎日新聞近畿版に大きく掲載されたことも大きいようだ。5月2日夕刊に大きく掲載された、大阪本社の山口朋辰記者による記事。

 大見出しは「被害者・加害者70人取材の写真家」「戦争の痛み 伝え続ける」「あす憲法記念日 京都で展覧会」 記事の一部を以下にコピー。

「1985年ごろからフィリピンやミャンマーなどに通い、少数民族の姿や民主化運動を撮影してきた。2005年、「戦後60年」を機に自国の戦争の歴史に向き合おうと考え、戦争体験者の取材を本格的に始めた」
「数々の体験を聞く中で、戦後の憲法が多くの犠牲や反省の上に成り立っていることを実感した」

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11210514_10205556488285550_20346821ギャラリートーク(韓国人の友人ジャーナリスト・安海龍さんの撮影)


Rimg0398jpgsumijpgwebギャラリートーク

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 尼崎市から参加していただいた日中戦争とシベリア抑留経験者の安田優三さん(94歳)。8年前に安田さんの取材はしているが、残念ながら写真集には収録できていなかった。それでも、安田さんは写真集の刊行と写真展巡回を喜んでくれていた。
 「戦争体験者の声を私たちに代わってしっかりと伝えてくれている」と激励してくれた。ありがたかった。

 この場で、安田さんの日本軍「慰安婦」問題についての持論が、ご自分の経験を踏まえて披露された。中支の日本軍最前線でも、軍隊が兵隊の士気を鼓舞するために慰安所を設営するのに直接関与していたと話された。
これまで頻繁に朝日新聞に戦争体験を投稿し、掲載してもらったことの多い安田さんは、そうした内容を朝日新聞に投稿したが、没になったことも話された。私には、没原稿のコピーを資料に渡してくれた。

ここで紹介しておきたいのは、8年前の取材のとき、安田さんが初年兵教育で捕虜の刺殺も証言していたが、その当時にとても危惧していた思いだ。

「軍部が独走し、天皇を生きる神と利用した侵略戦争だった。いままた戦前に復帰する考えで天皇制が強化される心配がある。きれいな伝統と戦前に回帰する考えを混同したらあかん」

 まるで、安倍政権下の現状を見越していたかのようだ。

_8ds8086jpgsummijpgweb安田さんご夫妻との記念写真。

Rimg0465jpgsumijpgweb_2会場入口で安海龍さんのインタビューを受ける。

55_2写真展初日を取材していただいた京都新聞、森敏之記者による記事。(記事画像はツイッターのフォロアーさんのツイートを借用)
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_aaa3144jpgsumijpgweb2こちらは毎日新聞京都支局の鵜塚健記者による記事。(5月9日追加)


_8ds8070jpgsumijpgweb立命大国際平和ミュージアム入り口。


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_8ds8061jpgsumijpgwebロビーの東西の壁面は手塚治虫さんの火の鳥のレリーフ。中野記念ホール入口の壁は、「未来」を表す西壁

_8ds8077jpgjpgweb火の鳥東壁面。「過去」を表す
東西の壁の間の広いロビー空間は、「現在」を考える場となっているとのこと。

◯展示の様子
_8ds8063jpgsumijpgweb写真展会場の中野記念ホール入口

 入口の特大プリントは福島菊次郎さん。知る人ぞ知る「ニッポンの嘘」の主人公の報道写真家である。輜重兵だった菊次郎さんは、広島城内にある本隊から、原発が投下される6日前に、貨物列車で夜の間に移送され、海岸で蛸壺を掘り、米軍上陸を想定した自爆攻撃の訓練に明け暮れた。敗戦後にわかることだが、九州の日南海岸辺りで敗戦を迎えた。もちろん、広島市内の本隊は壊滅した。

 アマチュア写真家として広島の被爆者一家の凄惨で想像を絶するような貧困生活の一部始終を撮影し、国から見捨てられた被爆者の戦後を写真展、写真集で世に問うた。

 「若いころは国の言うことを鵜呑みにした。同級生の半分近くが戦死した。ボクも軍国主義に追従し、侵略戦争に加担した」

 「靖国神社は若者を死地に駆り立て、ボロ布のように使い捨てた軍国主義の大量殺人装置以外の何物でもなかった。ボクも何度かその生贄になりそうになった」との言葉は、菊次郎さんの侵略戦争を総括する一言だ。

 会場には、写真集で収録した70人の肖像写真と、読みやすく横書きで用意された大きな解説文が付く。天井と壁面には、特大プリント9点も展示されている。


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_8ds8036jpgsumijpgweb西部ニューギニア戦線で、米軍爆撃と飢餓を大怪我に打ち克ち、運よく生還した三橋国民さん。同僚のほとんどが戦没した。


_8ds8052jpgsumijpgweb奥の壁にかかる写真はフィリピンのナルシサ・クラベリアさん。日本軍により両親と小さな弟妹を殺害され、自らは駐屯地に連行され、監禁され、毎日強姦された性奴隷被害者。


_8ds8031jpgsumijpgweb召集される前に英語の能力を生かしたいと陸軍に志願入隊した永瀬隆さん。泰緬鉄道建設でタイ・カンチャナブリの憲兵隊で連合軍捕虜の拷問の通訳をしたことなどを懺悔する。敗戦後に、連合軍の捕虜収容所の遺体捜索に通訳として加わり、1万名以上の捕虜の死を確認した。戦後は一貫して贖罪を形にした生き方をした。


_8ds8095jpgsumijpgweb今回の写真展を企画運営してくれている国際平和ミュージアムの副館長さんやスタッフのみなさん。


_8ds8075jpgwebちなみに、立命大国際平和ミュージアムは、1900年に「自由と清新」の建学精神で創立された立命館大学の、教学理念「平和と民主主義」を推進する素晴らしいミュージアムとなっている。

_aaa6175jpgwebjpg2_2大阪読売新聞5月27日朝刊掲載記事。(6月2日追加)


◯かつての戦争と現代の戦争で変わったのは武器。だが、犠牲者は?

 私が70年前の戦争を身近に感じるのは、内戦などの取材を若干してきたから。1985年から2003年までの東南アジアや中東取材の写真を提示しておきたい。弱者が犠牲となることが変わることはない。使い棄てとなる兵隊も同様だ。

 かつて、「満蒙は日本の生命線」と国民は洗脳されて信じた。「ホルムズ海峡は日本の生命線」と洗脳される時代が到来しつつある。恐ろしいことだ。

1_2フィリピン、1985年

009フィリピン、1985年

Milfフィリピン、2003年

Photoパレスチナ、2001年

Photo_2パレスチナ、2001年

Palestinecryingdeathofneicecemetaryパレスチナ、2001年

96イラク北部、1991年


3イラク北部、1991年

11jpgwebイラク、1991年

22ビルマ、1988年


018ビルマ、1993年


017ビルマ、1992年

12アフガニスタン、2001年


Photo_3アフガニスタン、2001年


Photo_4東ティモール、1999年

Photo_5東ティモール、1999年

◯お願い
写真展は7月4日まで開催しています。ぜひ、戦争を知らない戦後生まれの世代、とくに20歳前後の若者に、70年前の戦争中に、20歳前後の青春時代をすっかり戦争に奪われた体験者の言葉をかみしめてもらいたいと願っています。

憲法さえも勝手に解釈し、海外に自衛隊という軍隊をどこにも派兵することができるように、戦前に回帰しようとする安倍政権の人の道にはずれたことを再認識できる写真展です

・「戦後はまだ・・・刻まれた加害と被害の記憶」写真展開催希望を募っています。昨年から今年にかけて、10数ヵ所で、市民グループなどの主催で写真展と講演会が開催されました。以下のブログ記事で各会場の様子をご覧いただけます。
「2015年写真展「戦後はまだ・・・刻まれた加害と被害の記憶」巡回途中経過・開催希望者募集中」
 貸し出し条件などの詳細も明記してありますので、ご検討ください。写真パネルは二セット用意してありますので、立命大国際平和ミュージアム展開催中でも、貸し出し可能です。


◯取材活動支援のお願い
フォトジャーナリスト 山本宗補活動支援
ジャーナリストの活動を支えてください。

・郵便振替口座(加入者名 山本宗補)
00180-1-572729

・銀行振込
城南信用金庫
店番036 普通口座 ヤマモトムネスケ 口座番号340130


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