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2015年1月18日 (日)

安倍政権にレッドカードを!さまざまな「赤」で7000人が国会大包囲!

(写真はクリックすると拡大します)

 安倍第二次政権が誕生していらい、秘密法、集団的自衛権行使容認、武器輸出解禁と矢継ぎ早で、改憲をしたも同然のところまでつきすすんでいる。読者に安倍自民公明連立政権の愚かさをこれ以上指摘する必要もないだろう。

 女たちは、集団的自衛権の行使を認めません!
 女たちは、人を殺しあうのは嫌です!
 よその国の戦いに加わりません!
 だれ1人戦争に行かせません!
 憎しみと戦いを拡大させません!
 差別をなくし自由を守りそだてます!
 この国の主権者は私たちです!
 安倍政権にレッドカードを突きつけます!
 

 1月17日、安倍自民公明連立政権に「女たちからのレッドカードを!」との呼びかけで、さまざまな「赤」で7000人が国会を二重三重に大包囲した。
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 Twitter、facebookでガンガンと掲載し、拡散したものの、どうしても拾い出しておきたいスピーチ(一部はインタビュー)を中心に、ブログにまとめておきたい。やはり戦争体験世代の声と、原発事故被災地からの声をしっかりと書き留めておきたい

_8ds9405jpgsumi実行委員代表の横湯園子さん。

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渡辺一枝さん(作家)
 「1月で古希を迎えたのに、一度も使ったことがないことばがあります。「おとうさん」という言葉です。1945年1月に私が生まれ、生後6ヶ月の時、父は根こそぎ召集により兵隊に取られ、どこでどう死んだのかもわかりません。「おとうさん」ということばを使ったことがありません。「おとうさん」という言葉が私の体の中で欠けたままです。戦後70年といいますが、私の中で戦争はまだ終わっていません。これからの子どもたちには、同じ思いは絶対に味合わせたくないのです。今日は、「女は戦争を望まない」というプラカードを作ってきました
_aaa0118jpgsumi渡辺一枝さんは右から3人目。生まれは満州のハルピンだという。右端は上原公子元国立市長。隣は上原さんの娘さんとのこと。

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湯川れい子さん(音楽評論家、作詞家)
 「戦争を知る生き残りの一人として参加しようと来ました。18歳上の兄はジャズが好きでしたが、赤紙一枚で戦争に行き、フィリピンで戦死しました。母は軍人の妻で、作戦本部にいた夫が薬もなく亡くなった翌年に長男が死にました。次兄は特攻に行ったまま行方不明でした。母は涙一つ見せずに育ててくれました。私は死んだ兄が好きだった音楽で54年間、幸せに生きてきました。9条に象徴されるように、戦争はしないといって、日本がこの平和を守り抜いてきたからです

 今、本当に危険な臭いがします。ツイッターやフェイスブックで、「じゃあ湯川さん、目の前で女房や子どもが殺されたらどうするんだ。男は闘わなければいけないだろう」と言ってきます。私はそう思いません。そうなる前に、友達をつくりましょう、そうなる前に外交をしましょう。戦争は一瞬にして、始まったら取り返しがつかないことを見てきました。子供心に傷痍軍人の姿をたくさん見てきました。国はぜったいに何の責任も取らないことを見てきました

 人が人を殺してはいけない。このままいけば男性原理で、オーバーに聞こえるかもしれないけど、イスラム国のようになってしまうかもしれません。女の子の体に爆弾くっつけて殺されています。そのくらい、お前の子どもを出せ、お前の自由を出せ、お前の平和をということになってしまうのです。そんなことになってしまったら終わりなんです。どんな小さなことにでも、日本が戦争に巻き込まれることに、心から反対して死んでいきたいと思っています
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吉田由美子さん(東京大空襲訴訟元原告)
 「東京大空襲で家族全員が亡くなり、3歳で孤児となりました。全国では12万人が孤児となり、国から見離されゴミのように扱われ、飢えと寒さで死んでいきました。空襲で家族を失い、ケガをした人たち、私のように孤児になった人たち、国からは何の援助もなくここまできました。

 東京大空襲は一晩で10万人が焼け死にました。しかし東京には独立した納骨堂も慰霊碑も資料館もありません。私たちはなぜ放置されたままなのでしょう。軍人や軍属の方たちは大切に祀られ、さらに補償が続いている状態です。命の差別に憤り裁判所に訴えましたが、負けてしまいました。民間の空襲被害者にはまだ戦後は来ていません

 戦争は人災です。人災は止めることができると思います。国の宝である子どもたちを再び戦場に送ることがないように、がんばって行きたいと思います
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高里鈴代さん(基地・軍隊を許さない行動する女たちの会)
 「沖縄は70年間、基地を抱え、爆音に苦しみ、土地は汚染され、オスプレイの配備に反対する県民の声を無視して配備されました。米軍基地からは朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン戦争とあらゆる戦争に米軍は沖縄から出て行って、実は日本もつながっているのです。思いやり予算で保障している形で、日本も米軍が関わる全ての戦争を支援していることになるのです

 このままでいいのでしょうか。これまで続いているこの状況に、NOをしっかりださなければなりません。辺野古でも今日の集まりに期待をしています。何が辺野古で起こっているのか、みなさんの関心と目が向きますように、そして確実に基地建設が止められることを願います」(注:残念ながら写真はありません)

・人間の鎖で国会を取り囲み、何度も元気なコールが叫ばれた。 
 集団的自衛権反対!
 戦争する国絶対反対!
 特定秘密保護法反対!
 日米ガイドライン改定反対!
 憲法破壊絶対反対!
 戦争法制絶対反対!
 戦争反対 命をまもろう!
 改憲やめろ 平和が一番!
 女性の人権 平和で実現!
 レッドカード レッドカード! 安倍政権

_8ds9503jpgsumi左から澤地久枝さん、落合恵子さん、渡辺一枝さん。

澤地久枝さん(作家)
 「こんなに政治がひどくなってきたのは生まれて初めての経験です。いま憲法を勝手に変えられる寸前のところにいます。越すことも殺されることもあってはならないのです。戦争が起きたとき、最後の最後まで抵抗しなければならなくなり、最後に犠牲を背負わされたのは、私たちの母や祖母の世代です。女たちの歴史が繰り返されないために、女たちが中心になってここに集まった意義は大きいのです。このようなギリギリのところで負けられません
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武藤類子さん(福島原発告訴団団長)
「まるで女たちの怒りの炎が、国会を取り囲んでいるようです。福島原発事故の被災地と戦場は同じです。ミサイルや機関銃はありませんが、ばらまかれた放射能によって、じわじわと命と健康が脅かされます。事故前にはなかった放射能があるところへ、大丈夫だから帰って住めといわれます。動物たちや山の木々も犠牲になります。心も暮らしも環境も人生も壊されていきます」

 「国をあげての安全プロパガンダが真実を見えなくさせます。本当のことをいう口が封じられます。逃げる者は裏切り者といわれ、残って抗うものは叩かれます。事故で職を失った被害者、ホームレスの人々、自分が何とかしなければという使命感を利用された若者たちが、被ばく労働に駆り出されていきます」

 「原発や兵器を作る企業が、放射能の除染やゴミ焼却場で再び利権を得、被害者が餌食となります。事故を起こした者たちの責任は問われません。原発事故の被災地は戦場と同じです。福島を観察すれば、この国のあり方がよく見えます。私たち市民は国家のコマではありません。私の命は私のものです。馬鹿にするなと声を上げましょう。殺すのは嫌だ、殺されるのは嫌だと声を上げましょう」

 「私たち女性は、戦争も差別も、基地も原発も要りません。飢えも暴力も、レイプも要りません。ほしいのは一人ひとりが大切にされ、あらゆる命が大切にされる世界です。何度でも赤く燃える炎となって、国会を取り囲みましょう。日本中にこの炎を広げていきましょう」

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◯取材後記
 国会前ではたくさんの女性がスピーチしたが、ここに抜きだしたの人たちと70年前の戦争とは、切っても切り離せない関係にある。渡辺さんは日本軍が占領し、かいらい国「満州国」に仕事のためか、移住した家庭に生まれた。「根こそぎ召集」とは、関東軍が兵力を南方戦線へ送り出して弱体化を補うため、敗戦直前の1945年になって18歳から40歳程度の男性を根こそぎ現地召集したことを意味する。

 湯川さんの次兄は特攻隊で帰らぬ人となったようだ。吉田さんは1945年3月10日の東京大空襲により孤児となった。高里さんは米軍が上陸した沖縄戦で、20万人以上の島民と日本軍が死亡した沖縄の出身だ。4人はいづれも戦争末期と個人史が切り離せない戦後を送ってきた。

 武藤さんは戦後生まれだが、広島と長崎に投下された人体実験としての原爆による被爆と、福島第一原発事故による低線量被ばくという目に見えない怖さとがつながっている。米軍が広島で設置したABCC(被爆者の健康調査はすれど治療は一切しなかった原爆傷害調査委員会)は、戦後30年経って改組され、放射線影響研究所となり、原発事故後の福島で活動している。 

 拙著写真集「戦後はまだ・・・刻まれた加害と被害の記憶」に掲載した70人のうちの一人、益永スミコさんの娘さんの陽子さんが、ご本人がこうした抗議行動ができないので、ある意味、代役として小学校4年生のお孫さんを連れて参加していた。益永スミコさんは、戦争中に産婆として国の「産めよ増やせよ」政策に積極的に協力し、侵略戦争に加担したことを、戦後に深く意識し、贖罪の念から、護憲一徹の活動家として知る人ぞ知る存在だった。大震災後に体調を崩し、もう以前のようなお元気な姿を見ることができなくなっていた。

 陽子さんは手作りの大きなプラカードを手にしていた。そこには「憲法9条 (を)殺すな」と大書されていた。益永スミコさんが立っているようだった

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◯取材活動支援のお願い
フォトジャーナリスト 山本宗補活動支援
ジャーナリストの活動を支えてください。

・郵便振替口座(加入者名 山本宗補)
00180-1-572729

・銀行振込
城南信用金庫
店番036 普通口座 ヤマモトムネスケ 口座番号340130

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コメント

かつて日本は、悲惨な戦争を体験したにも関わらず、民意を
完全に無視した今の自民党安倍内閣に怒りしかありません。日本の女性が行く末を真剣に考えて
戦争しない国にしていかなくてはならないと思います。沖縄の悲劇、原爆、空襲、特攻隊等々戦争を
知らない若い世代にもっともっと悲惨さを訴えていかなけばならないと思いました。活動されてる皆様方
に力をいただきました。頑張って下さい。

投稿: | 2015年4月16日 (木) 11:03

コメントありがとうございます。
参加したくてもできないみなさんがわかるように、取材し
伝え続けます。

投稿: 山本 | 2015年4月17日 (金) 08:00

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