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2012年10月27日 (土)

一月遅れの一時帰宅報告・警戒区域の実情(富岡町)

(写真はクリックすると拡大します)

 関係者に平謝り。先月末に警戒区域の一時帰宅の二日同行させていただきながら、ブログで報告をしていなかった。よって、一月遅れとはいえ、警戒区域の実情を共有したいと思います。(小声で週刊誌が取り上げそうもないので)

「野田総理。私の家をやるから、あそこに住め。フクイチの事故が収束したというんだったら、政治家は双葉郡に国会議事堂を置け。それができなかったら原発を止めろ」
 これは福島県富岡町から避難している木田節子さんのトレードマークともいうべき官邸前スピーチの一部。
_aaa48796月7日の首相官邸前でスピーチする木田節子さん(58)。

◯富岡町、木田節子さんの一時帰宅
 その木田さんの一時帰宅に同行させてもらった。Jビレッジから原発構内での作業に向かう作業員らは、誰もが防護服で検問所を通過する。ところが、一時帰宅者は、普段着のまま検問所を通過し、スクリーニング会場で防護服や個人線量計、空間線量計などを貸与された後、警戒区域内で防護服に着替えるやり方だった。これには驚いた。

 何故か?検問所は楢葉町の警戒区域が8月のお盆前に解除されたので、原発から約10㌔の楢葉町と富岡町の境に移動した。その検問所の警備担当の機動隊は、全員がマスクにゴム手袋。素肌を出さないで徹底していた。これは当然の防護策だ。ところが、スクリーニング会場は警戒区域内に新たに移動した。国道6号線から会場に入る交差点に立って車を誘導する人もマスクなし、防護服なしだった。

 _aaa0546木田さん夫妻と同行者は私を含めて3人の計5人。支給された防護服に私たちが着替えたのは警戒区域内。あいにくこの日は雨模様。
_aaa0544毛萱・波倉スクリーニング会場は富岡町の第二原発に隣接する場所。毎時0.85マイクロシーベルトの表示がホワイトボードに書かれているにもかかわらず、20代と思われる若い女性スタッフ含め、ほとんどがマスクせず普段着だった。木田さんの一時帰宅に同行してこれが一番の驚きだった。
 
_aaa0575福島第一原発から8㌔の自宅に半年ぶりの一時帰宅という木田さん夫妻。自宅玄関から入るところ。築20年。瓦屋根ではないので、屋根が崩れる被害はなかったが、室内は地震で特に二階の衣装ダンスが倒れて大変だったとのこと。

_aaa0648木田さんがバスガイドの仕事を始めた頃の同僚からもらったこけし人形。ここは二階の窓側で空間線量は2マイクロシーベルト。
_aaa0679二人の子どもを出産した病院から発行された育児記録。一人は釜石市で、一人は南相馬市でお産。釜石市の病院で出産した長男が事故前から原発作業員として働き、事故後には原発の仕事に復帰。今は除染の仕事に関わっているという。

_aaa0631バスガイドの仕事で、ツアー先の観光地巡りを自ら大きな模造紙にイラスト入りマップを描いて案内に使ったという木田さん。10分程度で仕上げてしまうという。これは京都~福井県一体のツアー時に用意したもの。立体的で俯瞰的で色鮮やか。ツアー先によって毎回描いたという木田さんのセンスを実感した。指を指しているのは大飯原発再稼働に反対する小浜市の辺り。

 原発事故後、木田さんが福井県に出かけたのは、原発事故による避難民の心情として、大飯町役場や福井県庁に出向いて、再稼働に反対するように申し入れるためだった。事故前は観光案内で出かけた先への事故後の再訪理由が皮肉で悲しくもある。

_aaa0621こちらは木田さん手作りの信州観光イラストマップ。ちょうど我が故郷の浅間山と軽井沢や小諸も書き込まれていたので撮影。ぬいぐるみは長女の娘さんのもの。

_dsc5764バスガイド時代の観光地のホテル滞在の度に書いてもらった思い出帳。大津波で被害が大きく営業ストップしたままの岩手県田野畑のホテル羅賀荘のもの。下は宮城県南三陸町のホテル観洋のもの。ホテル観洋は死者も出したが今は営業再開している。_dsc5767

 釜石市生まれの木田さんは、大津波によって大きな被害を出した被災地の観光地を、お客さんを案内して軒並み訪れている。そのため、自宅に残る思い出は大津波前の被災地の観光スポットとしてのにぎわいぶりを彷彿させ、皮肉な思い出帳となっている。
 同時に、故郷は大津波で壊滅的な被害を受け、仕事で回った先々も同様に破壊され、自宅を建てた富岡町は濃い放射能汚染によって帰宅困難となってしまった故、木田さんの悲しみと悔しさは人一倍強いものがある。

_aaa0764木田さんがガイドの仕事で留守にすることが多いため、ご主人が食事の用意をすることが多かったのだとキッチンに立つご主人。ご主人はJRに務める。

_aaa0870周囲が雑草で覆われつつある自宅の全景写真を撮る木田節子さん。ちなみに自宅の庭先は4.65マイクロシーベルトだった。洋なしの木が一本あり、毎年実をしっかりとつけていたというが、今年は全くない。どうやら放れ牛が食べてしまったようだ。

_dsc5814木田さん。

 町内を移動中にたまたま出会った男性は木田夫妻と知り合いで、福島第一と第二原発で35年働いてきた作業員の人だった。今年の三月まで働き退職した元作業員の人の話では、「空間線量が4マイクロシーベルトは通常の100倍だ。もうここは人が住むべきところではない。除染して高齢者ばかり集めても、町として成立しない」

_aaa1077常磐線JR富岡駅ホームで線量を計るご主人。線路はセイタカアワダチソウなどの雑草でビッシリと覆われている。足元には「スーパーひたち自由席」の文字が。

_aaa1013JR富岡駅の近くに駐車してあったご主人の車は、数十m流されて手つかずのまま。いまはセイタカアワダチソウに取り囲まれている。

_dsc5875残された自動車と周辺をビデオに撮る木田さん。

_aaa0971富岡町役場の裏手。
_aaa0977富岡町役場の除染で出たと思われる汚染土が大型土嚢に入れられ、役場に脇に積み上げられたままだった。_aaa0982

_aaa0943原発マネーで建設された「健康増進センター リフレ富岡」。庭はコスモスやセイタカアワダチソウが占拠。

_dsc5837花びらのギザギザがなくて、丸みを帯びたコスモスの変種ではないかと木田さん。「リフレ富岡」の植え込みで発見。

_aaa0910JR夜ノ森駅前の自転車置き場。ここもセイタカアワダチソウが我が物顔に成長していた。空間線量は毎時6マイクロシーベルト以上。

_aaa1104検問所で警戒区域から出る私たちの車内をチェックする神奈川県警の警官。全員マスク着用している。

 ちなみに、この日の4時間半の滞在で、積算被ばく線量は0.007ミリシーベルトだった。この数値は、これまで浪江町や大熊町で取材した時と比較すると4~5分の1程度だった。

◯取材後記

 木田節子さんはいま各地での講演が多忙になっている。講演が官邸前抗議の日に重なり、最近は見かけないのが寂しい。先日、木田さんから以下のメールに添付されてここに紹介する観光イラストマップが送られてきた。 

 「次々に原発が再稼働したら、この日本は、出戻り総理を狙ってるどこかの世間知らずのボッチャン議員がいう『美しい国』ではなくなります。そうならないうちに、日本を旅しておきましょう。日本は山紫水明の国と言われ、とくに秋の十和田や八甲田、八幡平は最高ですよ…というような話をするために、東北イラストマップを描いてきました。先日の一時帰宅時に見つけた、バスに乗務したときのものを眺めて思い付きました。結構いいできだと思います。よければ見に来てください」
Photo「この地図に放射線は描けません」と上部にあるのが心憎い。
Photo_2「国民守らねー政治家はいねーがー!?」

 イラストマップを良く見ると、「『美しい国』だと~。腹黒い奴が言うな~!」「山下クン 医者止めなさい」などとも書き込まれている。いやはや何とも。木田さんは素晴らしいセンスと度胸持ちだ。

 


 

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