「放射線を浴びたX年後」を観た(ポレポレ東中野)
ポレポレ東中野で「放射線を浴びたX年後」を観た。以前に深夜のNNNドキュメンタリー(日本テレビ系列の深夜番組)で観た内容と重なるが衝撃的だ。これぞ時間をかけたドキュメンタリー。基本的な事実は、第五福竜丸の大石又七さんを取材しているので理解できているつもりだが、「X年後」で突きつけられる、政府が国民の命も健康も守るつもりもない、という事実を知ることは、「3・11」の福島第一原発事故後を生きる私たちには辛い。
第五福竜丸展示館に展示されているブラボー水爆の写真。
58年前の1954年3月1日、ビキニ環礁での米国による連続水爆実験=キャッスル作戦が、ブラボー水爆によって開始された。広島に投下された原爆の1000倍の破壊力を持つブラボー水爆により、死の灰を浴びたのが近海で操業していたマグロ延縄漁船第五福竜丸の乗組員23人。「X年後」が暴露するのは、新聞などのメディアが被爆した大石さんたちを大々的に報道した第五福竜丸事件の影に隠されてきた日米両政府が隠ぺいし闇に葬った歴史的事実。
連続水爆実験により放射能汚染された「放射能マグロ」を廃棄した漁船は、何と992隻。他にもマーシャル諸島付近を航海した貨物船「弥彦丸」乗組員も被ばくしていた事実が明らかにされる。大石又七さんの乗った第五福竜丸は静岡県焼津港所属だったが、マグロを廃棄した漁船の3分の一は高知県船籍だった。取材班が追跡取材する中で、寝た子を起こすなというような扱いで、元乗組員と思われる男性に怒鳴られて追い返される場面もある。
第五福竜丸展示館
漁船の出港地は三陸沖から神奈川県浦賀港など全国に広がり、高知県外が多い。中でも、ロメオ水爆の死の灰を浴びた第二幸成丸(浦賀港から出港した室戸船籍)の生存者の元航海士と、乗組員19人中17人がすでに死亡した新生丸の甲板員の配偶者らが登場して証言する。
日本政府は5月になって、科学者を乗せた放射能調査船俊こつ丸をマーシャル諸島周辺まで出し、マグロやカツオの放射能汚染などを刻銘に測定。その結果、ビキニ環礁に近い海水が高濃度に汚染され、最大値はカツオの肝臓が48000カウントを計測(48000cpm)。マグロやカツオが高濃度に放射能汚染されている事実がわかる。
しかし、ブラボー水爆から9ヶ月後、米国は慰謝料200万ドル(日本円で7億2千万円)を日本政府に支払うことで秘密裏に政治決着を計った。米国からの慰謝料のうち、4分の3はマグロに対する損害賠償として、残りが第五福竜丸乗組員の治療費などにあてられたことが閣議決定された。日本政府は汚染マグロの放射能検査を12月にストップして流通が復活。死の灰を浴びた漁船員らへの救済も補償も謝罪金なく、一切の被ばくの事実も、日本列島が放射能汚染された事実までをも日米両政府は隠ぺいしようとした歴史の暗部を、「X年後」は突きつける。
「X年後」では「パンドラの箱」を開けた人物として登場するのが元高校教師の山下正寿(まさとし)さん。1985年に地元高知県の漁船が被ばくしていた事実を生徒とともに調査したところから、山下さんの終わりの見えないライフワークが始まった。沿岸部での3年に及ぶ追跡調査で消息がわかった乗組員241人のうち、77人がすでに死亡していた紛れもない事実が衝撃的だ。生きていれば、50~60歳代の年齢層だ。
「X年後」を制作した愛媛県の南海放送は、2009年に米エネルギー省から水爆実験を所管した米原子力委員会が作成した機密文書を入手した。今でいうSPEEDIのようなデータだ。水爆実験による放射性物質の拡散が刻銘に記録されている。実験の一年前には東京、広島、長崎、三沢、嘉手納に放射能測定のためのモニタリングポストさえも設置されていた用意周到ぶりだ。ブラボー水爆実験から2ヶ月が過ぎようとする5月17日、日本列島全体がその後の水爆実験による放射性物質が降下したことを示す記録も含まれている。
ポレポレ東中野
南海放送は優れたドキュメンタリーを制作しつづける地方局。20人中17人の漁船員が40歳代から続々を死亡した新生丸の乗組員の死因はほとんどが「がん」だという事実が重い。ぜひ観てほしい。日米両政府の腐りきった癒着と隠ぺい体質を。
ビキニ環礁での水爆実験による乗組員の被ばく調査を続け、被爆者手帳が交付されるような救済の道を見つけだそうと奔走する山下正寿さんはいう。
「こんなことを許していては、日本人の資質が問われる」と。
第三の原爆を頭上に落とされ死の灰を浴び早死にしていった漁船員は、死をもってX年後に何が起きるかを訴えている、とラストナレーションが流れる。
映画にはない部分で、多数の乗組員の被ばくを隠ぺいした事実に輪をかけて怖ろしいのが、放射能マグロの廃棄、列島の放射能雨による食品汚染などから一気に高まった反米感情と原水爆禁止署名運動を、日米がどうやって抑圧したかだ。ビキニ事件によって始まった原水爆禁止署名運動は9ヶ月後の12月には2000万筆をこえた。慌てた米政府は慰謝料を払い日本政府は問題解決済みとする。さらには反核世論を抑えるために、中曽根康弘らが求めていた原子力開発(ビキニ事件前後に、ウラン235にちなんだ2億3500万円の原子力予算が中曽根康弘らによって国会に提出されていた)に応えるように、米政府は原子炉と原子力技術を日本に提供するに至った。
大石又七さんは、第五福竜丸事件が原子力発電導入のきっかけだと話している。大石さんの体験談と第五福竜丸展示館についてのブログはここをクリック(2012年1月30日)
最近、高橋哲哉氏の著書、「犠牲のシステム 福島・沖縄」(集英社新書)を読んだ。原子力発電所は究極の「犠牲のシステム」で成立している。原発作業員の被曝労働という犠牲があってはじめて成立する発電システムであることは、福島第一原発事故により私のような都会の電力消費者にようやく認識されるようになった。
大石さんが指摘するように、ビキニ事件が日本の原発が導入されたきっかけだとしたら、第五福竜丸を含む全ての漁船乗組員の被爆や被曝という犠牲を踏み台にして、日本の原発は開始されたということだ。もしも、隠ぺいされた事実が「X年後」で明るみに引っ張りだされたように、多数の漁船員の被爆と、「がん」などによる早死が、第五福竜丸事件とともに全国的に報道されていたならば、原発の早期実用化には反対運動が起きて時間がかかったのではないかと思うが、どうだろうか。
(注:「X年後」と第五福竜丸展示館に示されているデータは若干異なります。映画で引用されるデータの方が、より新しく、正確かと思われます)
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この記事へのコメントは終了しました。
コメント
そんなに沢山被曝船があったとは知りませんでした。
投稿: yasda koh | 2013年5月30日 (木) 05:22
yasda kohさま
夢の島にある第五福竜丸展示館は常設ですから、忘れられてしまった恐ろしい事実がたくさん展示されています。
一度おでかけになることをおすすめします。
投稿: 山本 | 2013年5月30日 (木) 08:41