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2012年8月12日 (日)

楢葉町、警戒区域は解除された。この流れで良いのか? No entry rule is lifted on Narahamachi. And yet, is this right thing for residents ?

(写真はクリックすると拡大します)

 警戒区域に指定されていた楢葉町の警戒区域が8月10日に解除された。「避難指示解除準備区域」に扱いが変わった。4月に南相馬市原町区の警戒区域が解除されたことに続く避難区域再編の流れだ。空間線量を元にした再編が一気に加速している。それで良いのだろうか?

 解除に伴い、検問所が移動されて富岡町と楢葉町との境に設置された。Jビレッジ入口となる交差点にあった検問所は撤去されていた。旧検問所の空間線量は0.5~0.6マイクロシーベルト/時だったが、新しい検問所は1.2~1.3マイクロシーベルト/時と、倍以上高くなった。そうした違いを検問所を担当する県警は把握し対処しているのだろうか?

 _aaa6713警戒区域の解除に反対する警戒区域から避難中の住民。前日まで検問所が置かれていた場所。

_dsc4441楢葉町道の駅にある地図。不思議なことに原発がないことになっている。

_aaa6866富岡町との境に移動した検問所。
_aaa6886

_aaa7120第二原発に近い津波被災地。

_dsc4572壊れた防潮堤の向こうに第二原発が見える。この辺りの線量は0.4~0.5マイクロシーベルト/時。

_aaa6914第二原発の敷地に近い海側の通行止め地点。山ゆりが満開だった。道路端の空間線量は2.5マイクロシーベルト/時。道路上は1.4マイクロシーベルト/時。

_aaa7265山側を走る国道35号線沿いの民家。咲き誇るノウゼンカズラ。空間線量は1マイクロシーベルト/時。

_aaa7245国道35号線の通行止め地点。

_dsc4649山側の上繁岡地区にある溜池と「白鳥の館」。冬季は白鳥が飛来することで知られているという。
_aaa7174空間線量は1.5マイクロシーベルト/時。

_aaa7226「白鳥の館」の隣はイチゴ積みのハウスだった。枯れ果てたイチゴの苗が残る中に一本だけ枯れない苗があった。

_dsc4629水田はどこもセイタカアワダチソウの荒野となっている。
_aaa7153地震による被害はとこも手つかず。真言宗豊山派地福院の墓地。

_dsc4749楢葉町役場の隣の高台に建つお城のような民家?地震により倒壊寸前。

_dsc4720地震により屋根瓦が落ちた家は目立つが、前提的に南相馬市小高区のような地震による大きな被害や液状化は見えない。楢葉中学に近い新興住宅は瓦屋根ではないためか、無傷。

_aaa7269雑草に隠れるJR常磐線竜田駅の看板。
_dsc4708JR常磐線駅構内の線路。
_dsc4706竜田駅舎内の運賃表。隣は富岡駅だが、この駅から先の運行が再開されるとは思えない。

_aaa7296駅前にあるタバコの自動販売機。盗難の後が残る。

_dsc4699JR竜田駅に向かう道路の標識。

_aaa6994封印された郵便ポスト。

_aaa7369保育園と幼稚園が一つになった「楢葉町立あおぞらこども園」の送迎バス。電源立地地域対策交付金事業と書かれている。こども園の収容園児数200人。2006年完成。敷地広大。
_aaa7357正面玄関から見たこども園。

_dsc4760こども園に通じる道路。海側にある天神岬キャンプ場へと続く真っ赤な街灯。

_aaa6948空っぽの牛舎で出産予定帳を見つけだした和牛繁殖農家(第二原発から1㌔ちょっとの下繁岡地区)。出産したばかりの子牛や妊娠中の母牛も含め、15頭の殺処分に応じる他はなかったと話す。本業は福島第一と第二の原発労働者30年。

◯取材後記:
 楢葉町よりも全体的に空間線量が高いが、計画的避難区域に指定されていた飯舘村も、7月17日に三区分された。年間被ばく線量が50ミリシーベルトをこえる長泥地区のみが帰還困難区域に再編され、大半の地域は年間20~50ミリシーベルト未満で「居住制限区域」と再編された。残る飯舘村の一部が「避難指示解除準備区域」に再編され、楢葉町全域も同様の扱いだ。

 飯舘村に続いて、お盆前に楢葉町全体が再編された。 しかし、住民の一部が反対のアピールをしたように、効果的な除染方法が確立されない中で(飯舘村の除染はいまだに実証実験の段階で、山の除染はせず、水田の除染方法の効果さえも確立されていない)、除染さえも始まっていない楢葉町に、線量が低めだからといって区域再編を急ぐのは住民の心に寄り添っているからではない。現実には帰宅して生活が可能となっても、生活再建などできる見通しはない。自宅を生活のよりどころとする年寄り世代が帰宅を望むのは自然で、反対のしようもないが、若い世代が放射能の心配をしながら、生活しようとするだろうか。事故が未収束の原発に近いところで生活してくださいと、東電も国もすすめるのだろうか?

 国と東電は、将来の展望が見えず、仮設住宅で今まさに心が折れようとしている住民の、自宅に帰りたい願望につけ込み、賠償金の大幅減額を狙っているとしか言いようがない。放射能の被害を小さく小さく見せようと躍起だ。再編は何よりも原発事故が収束していますよ、というイメージ作りにも役立つ。

 「避難指示解除準備区域」で近い将来、若い世代が本当に放射能を心配しないで生活再編ができるというならば、東電の家族は戻ってくるはずだろう。何よりも官僚も含めて、国会議員は老いも若きも全員、国会を楢葉町に移転して安心ですよとデモンストレーションするべきだろう。それこそが、警戒区域から避難している住民の怒りの声に応えることになるからだ。

 南相馬市原町区の警戒区域解除後のルポはこちらでご覧ください。→「止まった時間」・解除された南相馬市の警戒区域(Former No Entry Zone in Minamisouma city.)


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コメント

そうです!
政治家は、かわいくて小さな孫も連れて移住してみてください。

投稿: 原発避難民 | 2012年12月 7日 (金) 04:47

自宅は富岡。
楢葉の検問でUターンする時、思わず泣けてきました。自宅はすぐそこなのに。

だからと言って、解除されても困りますが。

楢葉もひどい荒れようですね。
踏切から雑草だらけの線路を見て、また泣けてきました。あれで戻れと言われても皆さん戻れませんよね。楢葉も隣町で、色々思い出があります。

気の毒です。

投稿: 原発避難民 | 2012年12月 7日 (金) 04:52

原発避難民

取材していてますます強く思うのは、避難生活を送っている住民のみなさんが、もっと怒りの声を様々な方法であげることだと思います。

遠くで生活する電力ユーザーに現実をより実感してもらうことが私の果たせる役割だと思っていますから。

投稿: 山本 | 2012年12月 8日 (土) 00:09

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