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2012年1月 7日 (土)

メルトダウンした私たちの社会はどう変わろうとするのか?

(写真はクリックすると拡大します) 1月8日加筆

水道管破裂で部屋が水浸しに思う大津波被災者 留守中の田舎の暗室小屋での水道管破裂、という思いがけないトラブルで新年最初のブログ更新が遅れた。原因は節電対策で不凍線を2本はずしておいたためだった。サーモスタット付きの不東線調節アダプターを取り付けたことで安心したのが裏目に出た。部屋中が水浸しで布団が4枚ダメになり、制作したばかりの写真パネルの一部も冠水した。幸いにして妹が気づいて緊急対処してくれたので、床や壁が使いものにならなくなる最悪の事態はさけることができた。

 元旦から被災地に行くことにしていた私は、妹からの電話を大晦日に東京で受け、事態の深刻さを認識しあせった。だが、よく考えてみると、家が流されたわけでもなく、大切な物を根こそぎ失ったわけでもない。たかだか部屋の水浸しではないか。大津波被災地の現場を何度も取材しながら、この程度のことにうろたえる愚かさを冷水を浴びせられたように実感した。

 まるで「おまえは被災者の痛みがまだ少しもわかっていないようだな」といわれているかのようだった。

元日から4日までの被災地取材 1月1日から4日まで被災地を回ってきた。敗戦から数えて66年目に起きた戦後最悪の「東日本大震災」の復興は遅れに遅れ、「東京電力福島第一原発事故」が事故収束の目処も立たないままに越年した2012年の幕開けを、被災地に身を置いてスタートしようと思った。それがどうしたと言われればそれまでだが。

_aaa3190会津若松市松長にある大熊町住民が生活する松長近隣公園応急仮設住宅。冬でも雪が少ない大熊町のある太平洋岸と違い、内陸は積雪が多く冷え込みも厳しい。2012年1月1日撮影

_dsc4074年賀状を手に仮設住宅の一軒一軒を配達してまわる郵便局員。同仮設住宅。

_aaa3349「もう人生はあきらめた」という60代の大熊町町民と、原発事故から3ヶ月後に救出された犬。体調を回復した犬は無邪気に雪を食べて楽しそうだった。(同仮設住宅)

 ★福島第一原発を抱える大熊町が、近い将来に住民が帰って生活再建できる環境ではないことがわかるブログのこちら→「どこを計っても高い大熊町内(警戒区域)の放射線量」

 原発事故で故郷を追われた大熊町の住民が避難生活を送る会津若松市の仮設と、大津波によって住民の11人に一人が亡くなった岩手県大槌町の仮設を訪ねた程度だが、被災者がどのような気持ちで新年を迎えようとしているかを直接確かめたかった。緊急事態がいまだに続いているような時節に、通常の年末と新年を迎えることの違和感を感じることさえできない市民が多数を占める社会の意識についていけないと感じ、被災者が新年を素直に祝う気持ちになれないことを確認したいという気持ちでもあった。
 フォトジャーナリストとして今年は何を取材していかなければならないかを考えるためでもあった。

_dsc4160死者行方不明者1400人をこえる岩手県大槌町。海岸にほど近い役場周辺の町中心部が壊滅し、ビルを残して瓦礫の撤去がすすんだ。だが、町の再建計画は不透明だ。手前は津波と火災で跡形もない江岸寺と墓地。高齢のご住職は流されたままだ。2012年1月3日撮影

_aaa3540大津波により父、兄、妹の家族3人と実家を流された芳賀さん(56歳)は、お盆の時以来の帰郷を元日にした。地盤沈下した吉里吉里の港で海を眺める。父親はまだ行方不明のままだ。2012年1月2日 

_aaa352010軒に一つくらいの家庭が簡素な正月の飾りを出入り口につっていた。大槌町吉里吉里地区浪板にある吉里吉里第二仮設。岩手県といっても、雪の気配がない。遠野や盛岡などの内陸部と大きく異なり、雪が2月3月にドカンと降るくらいという。沿岸は元来暮らしやすい所だと実感。

 ★大槌町吉里吉里の大震災後の初盆を取材したブログはこちら→「岩手県大槌町吉里吉里に見る大震災犠牲者の供養・初盆」

 一介のフォトジャーナリストが、大津波の被災者と原発事故の被災者やその底知れない放射能汚染の双方をどこまで取材し、社会に影響力と意味のある形で伝えてゆくことができるか? 何の約束もできないが、「3・11」を取材し、「3・11後の時代」に生きて行く以上は、今年も真正面から向き合っていくしかないということ改めて自覚した被災地行だった。

メルトダウンしたのは原発だけではなかった 昨年12月、野田首相が原発事故「収束宣言」を出したが、国民の誰もがまやかしであることを見抜いているにも関わらず、政府は国民感情を甘くみて見え透いたウソをつくことを止めない。そうした「まやかし」がまかり通るのは、既成メディアであるテレビ新聞などのマスコミ報道が果たす役割が大きい。そのことも3・11後には露呈した。

 「3・11東日本大震災でメルトダウンしたのは福島第一原発だけではなかった。政府もマスコミもメルトダウンしたのである。電気を浪費する生活を変えなければ、私たちの生活も溶け出すだろう」。 

 これは、昨年7月に刊行した写真集「3・11 メルトダウン」(JVJA編、凱風社)に私が書いたまえがきの引用。フリーランスのフォトジャーナリストとビデオジャーナリスト集団として活動するJVJA(日本ビジュアル・ジャーナリスト協会)のメンバー11人による、6月初めまでの取材成果をまとめたものだ。
 
 メルトダウンしたのは福島第一原発だけでなく政府もマスコミも、そして私たちの日本社会も溶け出しつつあると感じているのは私だけではないだろう。具体的な事例をいくつかあげるとすれば、石原慎太郎が言い出した東京オリンピック誘致であり、新年早々の「日本は核装備すべきであり、できないならばスパコン使って核のシュミレーションをやるべき」との石原発言だ。
 加えて石原の思想的盟友といえ、政治的方向性が極めて近い橋下徹大阪市長誕生と大阪維新の会の躍進も特筆すべき事例だろう。両者ともに独裁志向で過去の戦争に対する加害者としての視点も、首長としての人権感覚が欠如している共通点がある。
 航空自衛隊の次期戦闘機に総額1.6兆円を見積もってステルス性能を持つF35(米ロッキード・マーチン社)の購入決定など。原発プラントメーカー支援としか思えない原発の海外輸出の決定ももちろん言語道断だ。

 大津波被災地の復興と被災者の生活再建、原発事故に対する天井のない賠償と除染費用と廃炉費用を考えた時に、何を優先して予算を割くべきかは誰の目にも明白ではないか。東日本大震災で溶けだした日本社会にいま必要なのは、政治の世界に身を置く人間として最も人権感覚に欠けた石原慎太郎を自己満足させ、大手ゼネコンを喜ばせる東京オリンピック誘致などではないだろう。
 ましてや、自国防衛よりも他国の攻撃能力を前提に装備されるステルス性能の戦闘機などに、1兆円以上の莫大な税金をアメリカ企業に払い込む必要と優先度がどこにあるというのだろうか。この決定もまた三菱重工などの日本の軍需産業を恒久的に潤すことと同義なことを忘れてはいけない。
 税金を最優先して配分すべきは、自然エネルギーの実用化と普及に国を上げて取り組むのが国民をより不幸にしないためにとるべき「3・11後」の国家政策だと思う。

 思いつくままに書いたが、フォトジャーナリストとしてできる限りの取材と発信をしながら、2012年が日本社会のポジティブで大きなターニングポイントとなることを見届けていきたい。このブログやTwitterも活用しながら。

 ★ちなみに、ブログ形式にする前の私の2011年1月2日の雑記帳にはこう書いていました:
「こうした時代に、威勢のいい者、力のある者、「愛国心」を強調する者になびくことの怖ろしさを、軍国主義で日本の進路を誤った時代を振り返る落ち着きが、とりわけ国政に求められています。

政治家になるべきでない有名人やタレントを起用するような有権者を見くびった政治家も、人間を差別するあからさまな発言を長年にわたって繰り返す都知事のような人物も引退してもらうべき潮時となっています。

そしてマスメディアこそが、世論形勢に良くも悪くも最も強い影響力を持つことを自覚し、視聴率に一喜一憂するバラエティニュース番組と化したテレビ報道を正し、過去を振り返りつつ近未来を予見した心構えで報道する姿勢が求められています」
 
追記:「3・11」後にブログ形式にした雑記帳で、最もリツイートが多かったものを順番にリストアップしました。1:「警戒区域内「希望の牧場」と代表の吉沢正己さん」(2011年12月13日)
2:「大震災被災地で読経し、原発廃止が死者の真の回向と実感した日本人僧」(同6月30日)
:「反骨の報道写真家・福島菊次郎さん(90歳)のこと」(同9月25日)
4:「どこを計っても高い大熊町内(警戒区域)の放射線量」(同12月29日)
5:「南相馬市と浪江町津島:ちょっと遅れた20㌔圏外取材ルポ」(同5月10日)
6:「写真で見る被災地の放射線量比較」(同4月19日)

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