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2012年1月30日 (月)

第五福竜丸と大石又七さん・原発事故とビキニ事件のつながり

(写真はクリックすると拡大します)
(注:明日から福島県に取材に出るので、一部中途半端なまとめ方だが、取り急ぎ公開したい。取材から戻って追記したい)

 夢の島に展示公開されている第五福竜丸を先日見に行った。幸運にも、ビキニ事件によって米国の水爆実験による「死の灰」を浴び、被爆体験と長い間封印されていたビキニ事件の真相を語り、核兵器廃絶を願って講演してきた大石又七さんにお会いできた。

_aaa0028jpg東京都が運営する第五福竜丸展示館。2012年1月26日撮影

_aaa0336第五福竜丸船首部分。第五福竜丸は、長さ28.56m、幅5.9m、高さ15m、深さ3m、総トン数は140.86㌧。

_aaa0404jpg胴体部分。全長30mに満たないというが、50mはあるのではと実感する大きな船体だ。

_aaa0052jpg船尾部分。入口から入るといきなり現れるのが船尾。

_aaa0135jpg1954年3月1日午前6寺45分、マーシャル諸島にあるビキニ環礁でアメリカ政府が実施した水爆実験「ブラボー爆発」の写真パネル。説明文には、広島原爆の約1000倍の破壊力を持ち、高さ35㌔に達したとある。写真は80㌔離れた場所から撮影されたものだ。

_aaa0202jpg第五福竜丸などの日本の漁船16隻が被ばくした場所を示した「死の灰」降下地図

_aaa0437第五福竜丸に降り注いだ「死の灰」がビンに入れられて展示されている。実験場から160㌔離れていた
「白いものが落ちてきた。当たっても臭いもないし、舐めても味がない。砂をなめているようにジャリジャリした。デッキを歩くと足跡がつくくらい。知らないから全然危険を感じなかった」(大石又七さんの講演での話)

_aaa0090jpg「死の灰」を分析した結果、ストロンチウム、ジルコニウム、テルル、ヨウ素、ウラン、ネプツニウムなど27種類の核種が検出されたことを示す表。

_aaa0124jpg第五福竜丸は3月14日に焼津港に入港したが、9月23日に無線長の久保山愛吉さんが40歳で死亡したことを紹介する展示パネル。

_aaa0235jpgこの日はたまたま大石又七さん(78歳)が、調布市西部公民館主催の成人学級の参加者約20名に対し、ビキニ事件の体験を話していた。2011年に大江健三郎さんと大石さんが第五福竜丸の甲板で対談するNHKの番組の見ていたので、大石さんとすぐにわかった。
_aaa0284jpg

「原発の原点、内部被ばくのはビキニ事件にあります。どういう形で原発が日本に導入されてきたのかを知らないといけない。導入に反対した人たちを無視して導入した人たちがいる。福島の原発事故は解決するには難問です。いま始まったばかり。これから病気が出てくる。政府はビキニ水爆実験の被害を隠したので、今回の原発事故も同じように過小評価している」(大石さんの話)

結婚して最初の子どもは死産でショックだったという大石さん。無事に生まれて育った娘さんが結婚する段になって、被爆者の子どもと結婚するなんてと反対し差別されたと悔しい思いを吐露した。肝臓がんで3分の2を摘出している。

_aaa0193「死の灰かぶった日本漁船」(アサヒグラフ1954年5月号より)。ビキニ環礁水爆実験で被ばくした船舶は865隻、1万人以上の乗組員が被ばくしたと指摘されている。

「アメリカの原子力委員会が魚の放射能は亜鉛65という放射能で人体に影響はないことを確認しましたと日本政府に通達します。日本政府はそれを鵜呑みにします」(大石さんの話)

_aaa0091焼津港に入稿後、めくられることのなかった日めくりカレンダー。

_aaa0104jpg当時使用された放射線量測定器。

_aaa0350「マーシャル諸島に二回行ってます。女性は甲状腺がんで首を切っています。みんな5年10年経ってから発病しています。目に見えない放射能が恐ろしいものであるかはわかるんです。ビキニ事件は奥の深い事件です。みんな知らないのです」。

_aaa0293jpg大石さんの講演後に調布市西部公民回成人学習参加者のみなさんとの記念写真。

「ビキニ事件と福島は繋がっているのです」と大石さんは話した。以下は大石さんの著書「これだけは伝えておきたいビキニ事件の表と裏 第五福竜丸・乗組員が語る」(かもがわ出版、2007年)からの引用です。

「日本側は、このビキニ事件を原子力技術と原子炉を早急に導入するための格好の取引材料として使ったふしがある。アメリカの言う通りに太平洋での核実験には賛成、協力する。被害に対する膨大な賠償金も、わずかな見舞金でいい。その代わりに日本が求めている、原子力技術と原子炉導入を早く進めてもらおう。~~そしてアメリカは、七億二〇〇〇万円というわずかな見舞い金を議会に諮ることなく国際開発局(AID)から支出することができた。
ビキニ事件をわずか九ヶ月で決着させ、同年六月二一日、日米原子力協定がワシントンで仮調印され、翌年、一九五六年には、原子炉が茨城県東海村に送られてくるという早さだった。
日本の原子力発電はそこから始まる。つまり、ビキニの被災者たちは、日本の原子力発電の人柱にされたのだ

「ビキニ事件の表と裏」が出版された2007年までに、23名の乗組員のうち12名が死亡している(一人は交通事故死)。このうち8名が「肝臓がん」だったと大石さんは記録している。

 保存された第五福竜丸に触れ、大石さんのお話を伺い、著書を読み始めた私も、ビキニ事件の真相と原発事故との深いつながりが見えてくる恐ろしさを感じ始めた。

 広島の原爆の1000倍の破壊力を持つ水爆実験により被ばくしたマグロ漁船「第五福竜丸」。夢の島の一角に置かれているだけだだが、その存在感は大きい。被ばくした無数の漁師や船員が、命の長さとともに語り継ぐことができなくなっても、船そのものが生き証人であり続ける。日本やアメリカの原発推進派が、第五福竜丸の保存を止められなかったことをいつか後悔する時がくるだろう

 脱原発を求める人も、原発を推進してきた人も、無料公開されている第五福竜丸を一度は見てほしい。大石又七さんの話に耳を傾けてほしい。大石さんの著書を読み始めてほしい。


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コメント

初めまして。第五福龍丸の内部写真、日めくりカレンダーなど初めて拝見しました。
「日本側は、このビキニ事件を原子力技術と原子炉を早急に導入するための格好の取引材料として使った~」やはり、そうなのですね。
ベン・シャーンが描いてくれた久保山さんの肖像を思い出します。

投稿: hitomi | 2013年2月10日 (日) 18:00

Hitomiさま

コメントありがとうございます。
第五福竜丸展示館ではベン・シャーンに関する
本も販売されていました。

投稿: 山本 | 2013年2月11日 (月) 11:13

このエントリーに出てくる肝臓の病気は、放射性物質や、放射線による被曝によってではなく、
輸血や、注射針による肝炎ウィルスの感染によって引き起こされたと見られる点にも注目すべきだと思います。

投稿: | 2013年7月21日 (日) 23:37

匿名さま

ご指摘の件はその通りです。このブログ以降に書いた雑誌や新聞の記事、さらに拙著「鎮魂と抗い~3・11後の人びと~」(彩流社)では、大石さんについての記事中には、輸血によるC型肝炎感染は明記しました。加えて、肝炎感染を発病するまで知らされなかったということも。

何が重要なのか、ポイントは見失わないように今後も伝えていきます。

PS:今後は匿名でなくペンネームで投稿してください

投稿: 山本 | 2013年7月21日 (日) 23:56

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