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2011年11月の投稿

2011年11月21日 (月)

仏教界に脱原発の動きはあるのだろうか???(自分用メモ)

 前回は永平寺の期待はずれ「脱原発」シンポについて報告したが、仏教関連で拾い出しておきたい原発問題に関わる情報を以下に転載してみる。というのも、11月8日に,日本カトリック司教団による強烈な「原発即時廃止」を呼びかける宣言が公表されたことに刺激され、日本の仏教界全体はどうなのかがますます気になったためだ。

 これは自分用のメモ代わりのつもりなので、そのつもりで読んでいただきたい。なお、日本仏教は60をこえる主な宗派に分かれた祖師仏教、宗派仏教のため、ここに紹介するのは、主にネットから拾い出せた内容にすぎないことをお断りしておきたい。私の個人的な感想をつけた。もし、教団や個人の僧侶などの特筆すべき情報があれば投稿していただきた。

◯日本カトリック司教団のメッセージ  (リンクはこちら)
いますぐ原発の廃止を~福島第1原発事故という悲劇的な災害を前にして~

日本に住むすべての皆様へ
 東日本大震災によって引き起こされた福島第1原発の事故により、海や大地が放射能に汚染され、多くの人々の生活が奪われてしまいました。現在でも、福島第1原発近隣の地域から10万人近くの住民が避難し、多くの人々が不安におびえた生活を余儀なくされています。

 原子力発電の是非について、わたしたち日本カトリック司教団は『いのちへのまなざし―21世紀への司教団メッセージ―』のなかで次のように述べました。

「(核エネルギーの開発は)人類にこれまでにないエネルギーを提供することになりましたが、一瞬のうちに多くの人々のいのちを奪った広島や長崎に投下された原子爆弾やチェルノブイリの事故、さらに多くの人々のいのちを危険にさらし生活を著しく脅かした東海村の臨界事故にみられるように、後世の人々にも重い被害を与えてしまうことになるのです。その有効利用については、人間の限界をわきまえた英知と、細心の上に細心の注意を重ねる努力が必要でしょう。しかし、悲劇的な結果を招かないために、安全な代替エネルギーを開発していくよう希望します。」(1)

 このメッセージにある「悲劇的な結果」はまさに福島第1原発事故によってもたらされてしまいました。この原発事故で「安全神話」はもろくも崩れ去りました。この「安全神話」は科学技術を過信し、「人間の限界をわきまえる英知」を持たなかったゆえに作りだされたものでした。

 わたしたちカトリック司教団は『いのちへのまなざし』で、いますぐに原発を廃止することまでは呼びかけることができませんでした。しかし福島第1原発事故という悲劇的な災害を前にして、そのことを反省し、日本にあるすべての原発をいますぐに廃止することを呼びかけたいと思います。

 いますぐに原発を廃止することに対して、エネルギー不足を心配する声があります。また、CO2削減の課題などもあります。しかし、なによりまず、わたしたち人間には神の被造物であるすべてのいのち、自然を守り、子孫により安全で安心できる環境をわたす責任があります。利益や効率を優先する経済至上主義ではなく、尊いいのち、美しい自然を守るために原発の廃止をいますぐ決断しなければなりません。
 新たな地震や津波による災害が予測されるなか、日本国内に54基あるすべての原発が今回のような甚大な事故を起こす危険をはらんでいます。自然災害に伴う人災を出来る限り最小限にくい止めるためには原発の廃止は必至です。

 原発はこれまで「平和利用」の名のもとにエネルギーを社会に供給してきましたが、その一方でプルトニウムをはじめとする放射性廃棄物を多量に排出してきました。わたしたちはこれらの危険な廃棄物の保管責任を後の世代に半永久的に負わせることになります。これは倫理的な問題として考えなければなりません。
 これまで、国策によって原発が推し進められてきました。その結果、自然エネルギーの開発、普及が遅れてしまいました。CO2削減のためにも、自然エネルギーの開発と推進を最優先する国策に変えていくようにわたしたちは訴えます。また、原発は廃炉にするまで長い年月と多くの労働が必要になります。廃炉と放射性廃棄物の処理には細心には細心の注意を払っていかなければならないでしょう。

▽個人的感想:素晴らしい。「CO2削減のためにも、自然エネルギーの開発と推進を最優先する国策に変えていくようにわたしたちは訴えます」。被曝労働者の問題にもしっかりと触れている。よくここまで踏み込んだと思う。

◯ダライ・ラマ14世の記者会見(11月9日)
スピーチ起こし(ニコニコ動画から) (リンクはこちら)
■「原子力が平和目的で使われるのであれば、また別の問題」

司会: ではこれより質疑応答に移ります。まず名誉質問として自由報道協会の(ジャーナリストの)ピオ・デミリアさんからの質問をお願いいたします。

Q:ピオ・デミリア: 今回はいつもより記者の数が少ないかも知れませんが、誠意をもって法王のお言葉を世に伝えたいと思います。この度は東北の被災地を訪問されたとお聞きしました。法王は原子力エネルギーに関しては「賛成する」と仰っていますが、実際にご自身が訪問された仙台市や石巻市などでは復興のために人々が希望を持って懸命に働く姿が見られたかと思います。しかし福島の人々は未だに不安と絶望の中に生きています。これは福島第1原発から20km圏内の地域で撮られた写真なのですが、見捨てられた家畜たちが飢えで死んでいきました。確かに福島の事故による直接の死者はまだ出ていないのでしょうが、このように多くの動物が命を落としているのです。人間には幸せに生きる権利があり、その中には放射能に侵されずに生きる権利もあるのではないかと思うのですが、宗教的なリーダーとして、また人権保護者としていかがでしょうか。

A:ダライ・ラマ14世: 私が常に強調して皆様にお話ししていることは、物事を見る時には全体を見なさいということです。例えば何かを決める時にも、一面だけを見て決めてはダメだということです。原子力についても同じことが言えます。例えば破壊的な目的での使うものでは、やはり破壊的なものしか生みません。私の最初の来日あるいは二度目の来日の時でしたでしょうか、広島を訪問しました。原爆が投下された建物の跡も見ています。また別の機会ですが、原爆資料館にも訪問しました。今でも記憶に残っているのですが、被爆をした方の時計が原爆投下の時刻で止まって、焼け溶けた状態で展示されていましたし、束になった糸が溶けて一本になっているというものもありました。そしてまた、実際に被爆者の声も聞きました。ですから原子力というものが兵器として使われるということであれば、これは決して望ましい状態ではないと思います。

 しかし、原子力が平和目的で使われるのであれば、これはまた別の問題だと思います。もし原子力発電の他に何か代替案があるのなら良いでしょう。一つに水力発電のためにダムを造るという方法があると思いますが、この方法は自然に対して何らかの破壊、あるいは悪影響を及ぼします。また、風力エネルギーや太陽エネルギーというものもありますが、まだ十分ではないかも知れません。ここで言う十分というのは、単に日本あるいは先進国の方々にとって十分ということだけではなく、これから発展していく国々にとっても十分でなくてはならないと思うのです。そうでなければ、貧富の差がますます広がることになってしまいます。私たちはこれから発展していく国々の人のことも考えていくべきだと思います。だからこそ最終的な決断というのは、専門家の方々がもっと広い角度から全体的にこの問題を捉え、最大限の注意を払って結論を出すべきだと考えています。

 確かに物事、何かをなす時には99%の安全性というものを考えていただきたいと思います。しかし、いくら安全に対して配慮しても、やはりどこか1%の危険というのは残ります。100%安全とは言えないと思うんです。例えば車を運転していても、1%の危険はどこかにあるでしょう。例えばおいしい食事をいただいていても、どこかに1%、もしかすると何かのリスクを負うこともあるかもしれません。そして、こうやって私たちが集まっているこの会場でさえ、もし何か大きなことが起これば、やはりリスクはまったくないとは言い切れないということがあると思います。ただ少なくとも、万全を期して行っていくということが大切ではないかと思います。例えば、チェルノブイリの事故がありました。チェルノブイリの原子力発電所は古く、そしてまた十分な注意がなされていなかったために、ああいう大きな問題になりました。もしかすると、今回の福島(第1)原発もここまでの津波を予想されていなかったから、こういう状況が生じてしまったと考えられるかもしれません。大切なのは常に安全策を最大限に考えていくこと、そしてそれに基づいてなされるならば物事はいいのではないかと思います。ただ、例えばもう原子力発電所はいらないと皆さんがお決めになるなら、それはそれでいいと私は思います。

▽個人的感想:一部のtweetや報道では、「原発は必要悪」と発言したといわれ、ダライ・ラマ14世を見損なったというtweetが散見された。この文字起こしからわかるのは、風力や太陽エネルギーによる代替エネルギーがまだ十分ではないという認識からの発言趣旨と理解できるので、「必要悪」という表現はない。問題なのは、原発を稼働しつづける限り産み出される被曝労働者問題や、使用済み核燃料の処理が人間の手に追えないものでどうにもならない問題だということなどについての情報不足が如実に出た回答だという点。
 加えて、10基以上の原発を稼働させ、核武装するインドという大国に間借りする弱い立場であるチベット人の代表という観点からは、毅然とした発言ができにくいのかもしれないとも思える。11億人の人口を抱えるインドの激しい貧富の差を念頭にいれ、貧しい国の人々のことを考慮しての原発の必要性についての言及と読みとれる。いづれにしても、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所が法王発言の誤解を解こうとしたとしても、残念至極の発言という点では否定できないと思う。

◯臨済宗妙心寺派の声明   (リンクはこちら)
宣言(原子力発電に依存しない社会の実現)

 今年3月11日に発生した東日本大震災に伴う福島原子力発電所事故は、世界中の人々の人生観に大きな衝撃を与えました。半年を過ぎた今日においても、未だ終わりが見えない状況で多くの人々の生命(いのち)や人権が脅かされ、苦悩の日々を余儀なくされています。

 たとえ平和利用とはいえ、原子力による発電が人類の制御できない危険な領域であると露呈した今、私たちは将来ある子供たちのために一刻も早く原発依存から脱却し、これに代わる安全なエネルギーへの転換に向け社会に働きかけなければなりません。
 この度の様々な出来事は、すべての人々に心の豊かさ、安心できる平和な生活とは何かを改めて問い直すよう促しています。

 私たち仏教徒は、利便性や経済性のみを追求せず、仏教で説く「知足(足るを知る)」を実践し、持続可能な共生社会を作るために努力することをここに決意し、宣言します。

2011(平成23)年9月29日 第121次定期宗議会 臨済宗妙心寺派教団 臨済宗妙心寺派宗議会

▽個人的感想:現在のところ、主な教団として唯一の「脱原発」の意思を公表した内容。河野太通管長の意思が反映されていると聞く。「人類の制御できない危険な領域であると露呈」「将来ある子供たちのために一刻も早く原発依存から脱却」「安全なエネルギーへの転換に向け社会に働きかけなければなりません」。歓迎すべき宣言。

◯全日本仏教会会長談話  リンクはこちら
原子力発電所事故から思うこと

 八月のお盆が過ぎ、各ご家庭では、ご先祖の精霊、新盆の精霊をお迎えし、仏さまと共にひとときを過ごされたことと存じます。
 この度の東日本大震災によって亡くなられた方々のご遺族、ご親族の皆さまにおかれましては、例年のようなお盆のご供養が充分にできなかったこととお察し申しあげます。私は、一僧侶といたしまして、お盆を迎えられたすべての精霊が安らかにあられますようお祈りし、そして、被災地のこれからを見守っていただけますようお願い申しあげました。
 さて、この大震災によって引き起こされました原子力発電所の事故は、今もって放射性物質が広範囲にわたる地域で観測されています。慣れ親しんだ土地に帰れぬ方々、農業、酪農、漁業、林業などをはじめ、事故以前のように従事できない方々、いつの日か大切な家族を失うまえの生活に戻りたいと願う方々など、様々な思いを持たれた多くの方々が、未だ放射能の脅威を感じながら、事故の収束を祈りつつ、苦悩の日々を過ごされておられます。
 私どもは、都会や地方の環境に関わりなく、科学技術の発展により電力に支えられた快適で便利な生活を享受しております。しかし、その利便性の為に、原子力発電による高レベル放射性廃棄物が生み出され、その処分についての見通しはいまだない現状であり、その原発最悪の事故とは如何なるものか、予想すらできません。このようなあり方を文明として追求し続けるのか、そして、この便利な生活が如何なるもとに享受でき、誰かがそのために犠牲になっているかを、今一人ひとりが責任をもって考え、二度とこのような事故を繰り返さないためにも、私どもの日々の生活を見つめなおさなければならないと思います。
 私ども仏教徒は、仏陀の教えに連なるひとりとして、今を生きるひとりの人間として、また大切な地球の中に生きる者として利便性と経済的効果のみを追求せず、自らの足、実地を踏む良き道を選び、歩んでまいりたいと思います。

平成23年8月25日
財団法人 全日本仏教会会長
臨済宗妙心寺派管長
河野太通

▽個人的感想:全日本仏教会は主要59派を中心とする、104の宗派・団体に所属する寺院から構成される最大の連合体。現在の会長が臨済宗妙心寺派管長を務める河野太通老師。11月の段階では、会長の個人的な談話を公表しただけで、日本仏教を代表する連合体全体としての明確な脱原発志向が見えない。河野会長のイニシアティブを行きすぎと思っている保守派もたくさん存在したとしても、このままでは一般社会からは愛想をつかされることになるのではないか。

◯浄土真宗大谷派(東本願寺派)の声明(2011.07.07)  リンクはこちら
「原子力に依存する現代生活」を問い直す姿勢を表明

先月招集の宗会(最高議決機関)において、安原晃宗務総長は、原子力発電所が問いかける課題について次のように述べました

 このたびの大震災に直面した私たちは、重ねて大事な問題の提起を得ております。「原子力に依存する現代生活」の問題であります。これは、まさに地球規模で、全世界が直面している「人間の方向」の問題であり、表象するトレードオフの論議に象徴されますように、デリケートでかつ緊要な課題であります。日々、放射能飛散と被ばくの痛ましい現実から、「原発」の誤謬性を思い知らされることであり、したがって極力、丁寧な議論が必要な重大課題でありますが、連日の報道等では、どうしても誰かを悪者にしなければおさまらない、人間の悲しさが表出しております。
 いま私たちは、真宗門徒として、「教えられる」ということを、この問題への取り組みの基としなければなりません。金子大榮先生の「やりなおすことのできない人生であるが、見直すことはできる」とのご教示は、教えに照らされてはじめて為せるという意味でありましょう。みずからの生活は、みずからの都合で、人間の考えの延長で見直すことはできません。宗派といたしまして、まず「学ぶ」という姿勢、「聞く」ということを堅持してまいりたいと思います。決して自己関心に沈んだ正義を振りかざすことなく、「目の前のひとりの人と語り合う・聞き続ける」。それを、私たち自身が、ここに始められるかどうかにかかっているのであります。「教えられる自分が明らかになるということだけが、教える法(仏法)に応えることである」(安田理深)。謙虚さをもって聞思し、積極的な学びを呼びかけ、展いてまいる所存であります。

▽個人的感想:「教えられる」ことを、原発問題への取り組みの基としなければ、といいながら、原発事故が日本社会に及ぼしている前代未聞の実態の何を学んだのか不明。政治家の誤魔化しならばまだしも、教団としての方向性はゼロの視点。1993年に結成され、熱心に反原発の活動を続けている「原子力行政を問い直す宗教者の会」で、積極的に活動する真宗大谷派の僧侶が多いだけに、教団全体としてこのままでは原発の問題に見て見ぬふりをしているとしか思われないのではないか。

▽個人的感想のまとめ
 浄土宗、真言宗智山派、真言宗豊山派、日蓮宗、天台宗などの主な宗派のホームページをチェックしてみたものの、残念ながら原発事故をふまえた声明は見つからなかった。各教団の本山や個々の寺院が電力会社を檀家に抱えているから動きが鈍いという声も聞く。もし、仮に、このブログで紹介したような宗教者、教団としての最低限の認識をいま示すことができない教団は、3月11日の東日本大震災によって産み出された、日本社会の人間の苦悩、時代の苦悩に見て見ぬ振りをしていると一般社会から受け取られるのは必至。苦しんでいる無数の信徒を救わないとなれば、仏教教団は存在価値を持たないだけでなく、葬式仏教と批判されるほどの価値もないことになるのではないだろうか。
 各宗派の末端で、原発が産み出す問題に地道に取り組んで僧侶たちも、おそらく数多存在すると思うが、そうした僧侶らの意思や宗教者としての取り組みが活かされないようでは、教団上層部は既得権益を手放そうとしない官僚機構と同様ではないかと推測するほかはない。

◯追記:インドに渡って仏教興隆に尽くして40数年の佐々井秀嶺師の口上(6月18日)
(佐々井師の被災地での読経写真はこちら)

「このように大規模な被害は想像を絶するもので、ことばでは言い尽くせない。胸がいっぱいになりました。同時に私たちは大自然の脅威に対し、もう何もできなく手を挙げております。

ただ、原子力発電所の問題については、全東日本、あるいは全日本、ないしは全世界に深い影響を与えています。原子力発電は我々のために人工的に良いことをするというために成したことですが、科学的なもので人類の手によって人類を滅亡せしめ、人類の手において日本を破滅に導く現代の科学、そうしたものに対し大きな怒りを覚えました。

お勤めしたように仏陀は平和の使途である。そのためには遠慮ない呵責ない発言をさせていただきました。まず原子力発電所を止めなければならない。地下に眠った多くの人たちに対する本当の回向は、政府が原発を廃止することが真実の回向となると思う。地下に眠る25000人の怨霊は、地下において絶叫している。その声が聞こえないのか、これからの日本を再びわれわれのようにするのかと絶叫している。

いかに坊さんが教典を読経して歩いても、この原子力発電所を廃止できなければ、教典も無力であり、仏法の法道も教学も一切の宗教の教学姿勢も無益である。ましてや「もんじゅ」だとか「ふげん」だとか、菩薩の名前においてそうした原子力発電所などができていることは断じて許し難いものである。文殊菩薩の本当の菩薩道を見つめよ。普賢菩薩の本当の菩薩道を見つめよ」


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2011年11月 6日 (日)

「もんじゅ」「ふげん」命名の経緯と永平寺シンポ

(写真はクリックすると拡大します)

◎曹洞宗大本山永平寺(福井県吉田郡永平寺町)
まだ永平寺を参拝したことのない方の参考に永平寺の写真を少し。
_aaa7837永平寺の回廊 2009年撮影

_aaa7870永平寺

_aaa7896永平寺の全体図

◎永平寺「禅を学ぶ会」主催シンポジウム
 永平寺が「脱原発」シンポジウムを開催する、というので夜行バスでかけてきた。飯舘村の酪農家の長谷川健一さんに9月にお会いした際、永平寺から講演を頼まれていると聞いていたこともある。長谷川さんの対談相手が小浜市の中嶌哲演住職ということもあり、早くから関心があったものの、どうしても行かなければという決定的な関心事は、永平寺が「もんじゅ」や「ふげん」の命名に関わっていたという新聞報道があったからだ。以下は毎日新聞大阪朝刊(10月14日)からの転載

『西田布教部長によると、いずれも菩薩(ぼさつ)の名前に由来する新型転換炉「ふげん」、高速増殖原型炉「もんじゅ」(敦賀市)の命名に、寺が関わったという。西田布教部長は「原発に対する認識が足りなかった私たちの責任は重く、間違いだった。懺悔(さんげ)することから始めたい」と戒めている』

_dsc2328永平寺が命名に関わったことが問題視されている、高速増殖炉「もんじゅ」。真向かいは、格好の釣り場のようだ。(敦賀市、2011年10月撮影)

 東京新聞はいち早くシンポジウムについての記事を大きく掲載し、毎日と同様の内容記事が読売、朝日にも掲載された。禅宗といえば永平寺と誰もが思い描くくらい著名な永平寺が、「脱原発」に踏み込んだかと、相当な注目を浴びたはずだ。当日は命名に関わった具体的な経緯と、菩薩名からとった原発施設の名前について永平寺はどうするつもりなのかを聞くことができると期待して出かけていったのだ。で、シンポについては後回しにして、先月撮りのがした大飯原発の写真をしっかり撮ったので、こちらをまず紹介したい。

◎関西電力大飯原発とは?
_aaa3452フェリーから見える大飯原発。若狭の原発5ヶ所(15基)を撮影してみたが、共通点の1つは、釣り人が当たり前のように写り込むほど日常生活の一部と化していることの驚きだ。(おおい町、11月3日撮影)

 ちなみに、10月31日、原発事故を想定し、海上自衛隊のミサイル艇「うみたか」や掃海艇「まえじま」など艦艇4隻が参加し、大飯原発と高浜原発に上陸する訓練や水深を測る訓練が実施されたばかりだ。
「県内の原発はいずれも半島の先端部にあり、災害で孤立する恐れもある。東日本大震災を受けて西川一誠知事は9月9日、災害時の救助応援を一川保夫防衛相に要請していた」(11月1日、朝日新聞福井版)

_aaa3302大飯原発のある大島半島にかかる青戸大橋は全長743mをこえる。原発建設のために建設されたといえる。11月3日撮影

_aaa3513警備が常駐するトンネルの入口。大飯原発の関係車両以外は立入禁止。大飯原発PR館は、このトンネルの脇に建っている。

_aaa3547大飯原発PR館全景。おおいり館というらしい。PR館のリンク先はすべて関西電力のweb上にあります。

_aaa3531放射能モニタリングポストを示す地図。大飯原発は若狭湾に突き出た大島半島の突端にあることがわかる。

_aaa3565現在は2号機のみが稼働中。1号機と2号機は1979年に稼働開始。「大飯発電所(1~4号機)は、関西2府4県のうち、京都府、滋賀県、奈良県をほぼまかなうことができる大きな発電能力を持っています」と解説文。

_aaa3615原子炉の三分の一模型

_aaa3583来館者の姿のないシアター。2010年までの20年間での入場者は90万人、と子ども向けの入場者数表示があった。最近は大幅な減少傾向が明らか。5万人をクリアするのに21ヶ月かかっている。

◎基調講演とシンポジウム:酪農家・長谷川健一さんと中嶌哲演住職

_aaa3124「いのちを慈しむ~原発を選ばないという生き方~」シンポジウムの会場入口(永平寺町にある「永平寺緑の村ふれあいセンター」)会場は永平寺町の教育委員会が管理運営する施設のようだ。(11月2日撮影) 永平寺主催者の報道陣への対応には失望した。取材規制の中身が信じがたいものだったからだ。撮影は講師の冒頭5分のみ。録音禁止。数百人の参加者も録音禁止の措置。私が担当者に問いただすと、ネットに勝手に配信され講師が迷惑するので講師了解の元で決めたと説明があった。しかし、講師の顔ぶれから、それはあり得ない。個人的に取材したことのある長谷川健一さんは、一人でも多くの人に知ってほしいから講演活動を始めている。長谷川さん自身が断る理由はどこにもない。折角注目浴びるシンポを実施したのに、主催者が何らかのプレッシャーに屈した印象を受けた。

_aaa3134講演会開始前、永平寺副監院と僧侶により、消災妙吉祥陀羅尼が7回繰り返された。

 基調講演は長谷川健一さん(飯舘村の酪農家、58歳)と中嶌哲演師(小浜市内真言宗智山派明通寺住職、69歳)。シンポジウムのコーディネーターは朴慶南(パク・キョンナム)さんが務め、長谷川さんと中嶌師がパネラーとして話した。自らの体験を語り、動画とスティール写真で3月11日後を解説する長谷川さん。飯舘村からの叫びは満席の参加者を圧倒し涙を誘った。

Photo_3「原発事故は我々の全てを奪った」と飯舘村の酪農家・長谷川健一さん。

 大震災時の地震による農地の地割れ体験から、長谷川さんの一被災者としての誇張の必要のない話は、誰しもも所々涙ぐむほかはない。水素爆発して高濃度の放射性物質が、30㌔以上離れた飯舘村に雨と雪で降り注いだことを知らず知らされずに、地区の住民に非常招集をかけて「戸外に出るな、マスクしろ」との指示を伝えたものの余計な被曝をさせてしまったこと。毎朝牛乳を搾っても汚染されてしまい出荷できずに廃棄し続けたこと。地区の酪農家全員集めて、廃業する決断をしたこと。友人の相馬市の酪農家が「原発さえなければ」と自殺したことなど、国や県から何のサポートもなく、いわば見捨てられた状況下で、自分たちだけで対処した辛い体験を語った長谷川さん。「情けないなんてもんじゃなかったです」

 長谷川健一さんは、7月から各地で講演するようになった。その根底にあるのがマスコミの報道姿勢に対する不信。早くから、同心円での避難区域設定が無意味で飯舘村は「たんこぶ」のように飛び出ているとテレビ新聞を通じて発信しようとしたが、オンエアされずに全国に飯舘村の窮状が伝わらなかったと感じたためだ。福島県の酪農家の一人として、村民の一人とし、子どもや孫を守ろうとする県民の一人としての苦悩、悲しみ、怒りなどを全国の人々に知ってもらうには、もう自分の言葉と感情で直接伝えるしかないと痛感したからだ。

 原発事故前の長谷川さんは、飯舘村の村おこしで、同じ酪農家である菅野村長の右腕として、出納責任者として、アイデアマンの村長をサポートしてきた。が、事故後の村長や村幹部の方針を批判する。何故か?事故後の役場で職員から毎時40マイクロシーベルト以上と聞いたが、「村長から数値は口外しないで」と職員が口止めされているときかされたからだ。
 京大の今中助教らが3月末に飯舘村を隈なく測定し、「ここに人が住んでいることが信じられない」、とコメントした。村長の対応は信頼を裏切るものだった。「データは絶対に誰にも公表しないで」と村長は今中助教に働きかけた。村長は助教に電話してまで公表しないでと頼んだが、今中助教はネット上で一般公開に踏み切ったと長谷川さんは話した。(山本注:ネット上で公開されたのは4月4日)村の幹部が村民を被曝させ続ける方針を改めなかったことを長谷川さんは容認できなかった。

 講演の最後に長谷川さんは、友人の区長の話をした。「女子高生が、『もう結婚なんてできねえべな。それでも良いという人が現れたとして結婚したとしても、怖くて子どもなんて産めない、と女子高生がこう言ってんだぞ、長谷川さん、どう思う』。これが飯舘村の現実です」。

Photo_2「原発事故が起きるまで、14基増設し、稼働率90%を目指した原子力ルネサンスの時代だったことを忘れてはいけない」と、中嶌哲演住職。

 真言宗の僧侶である中嶌哲演住職は、小浜市を起点に仏教者として原発に反対して40年をこえる活動をしてきた。「原発行政を問い直す宗教者の会」としても活動してきた。中嶌住職の基調講演は、長谷川さんの生の叫びに押され気味だったが、原発事故前の2010年12月に発行した「若狭の原発を考える」通信レターで、『「貪」(むさぼり)から「貧」(わかちあい)へ』のテーマで、「貪り」の代名詞としての原発と、「貧=分かち合いの代名詞としての自然エネルギーへの転換を主張したことに触れた。
 さらに、1983年の京大でのシンポジウムで配付資料に使った「核のない社会の望見」と題する5つの提案が今でも有効であると話した。5つの提言は、「一切の生きとし生けるものは幸福であれ、安泰であれ、安楽であれ、いかなる生物生類であっても~~幸福であれ」というブッダのことばが根底にある、仏教者の立場から配布した内容だ。
 
 「小浜市民は70年代に二度、過半数の署名で原発建設に反対してきた。2000年代には二度、過半数の署名を集め、中間貯蔵施設に反対してきた」「若狭の原発14基は、40年間で関西二府四県に2兆㌔ワットの電力を供給してきた。1998年一年間だけみると、620億㌔ワットを供給し、立地自治体での消費量は10分の1の6億㌔ワットというアンバランスがある事実をどう受け止めるべきか」
 477000人の被曝労働者が40年間の原発施設で使い捨てにされてきたことを、原発推進派が発行する資料を使って解説したのは強烈だった。

◯シンポでの長谷川さんと中嶌さんの要旨:
・長谷川さん:「モデル地区として除染するのに400平方mで6億円かかる」「村は除染の方向まっしぐら。みんなで戻るというが、実現可能かはわからない。いま、村長は二つの方向性を出している。除染と村を出ること。今はまだ決断できない。時期尚早だが、いづれ決断を迫られる」
広島、長崎の被爆者が差別されたように、子どもたちは飯舘村のステッカーを背負って生きてゆくことになる。差別がおきてはならない」「子どもを差別しない社会と、原発事故を風化させない社会をお願いしたい」と長谷川さんは最後に訴えた。

・中嶌さん:「1945年の敗戦が第一の破綻。2011年3月11日が第二の破綻」「戦争は国策をして行われた。よって集団児童疎開が行われた。戦後、原発は国策としてやってきた。本来、事故後に国は36万人の福島県の子どもたちを西日本や北海道に速やかに避難させるべきだった。子どもたちを守る視点に立つならば、日本全体がこの問題を真剣に考えることが必要」
「40年間、大都市圏に電力を送った地元は、後始末をどうするかが問われている」「70~80年代、全国各地で原発を拒否した自治体は20以上あります。小浜市が反対していなければ4基できていた」「都市のみなさんは、『電力の55%は若狭に頼っていた』のからくりを調べてほしい。いま原発立地自治体は麻薬患者の末期症状。そうした患者に仕立て上げたのはどこの誰か
「省エネ、節電の二つを原発問題のベースに置かないといけない」。中嶌さんは、科学者の小出博章さんの『小欲知足のススメ』を引用し、戦中の「贅沢は敵だ」や滅私奉公とは異なる生き方を提案した。「何よりもエネルギー浪費社会を改めることが大切」と。

・朴慶南さん:「福島県の仮設を回って、大人が子どもが安心住める空気とか土地、未来を奪っていると感じた。子どもたちがいなかったら、未来も何もない。国もない。どうすればいいのか自分に問い合わせなければいけない」「原発事故を大きな転換点として、命を育むことが大切に扱われなかった社会を変えていくことが問われているのは私たち一人一人、自分自身だと思います」

◎「もんじゅ」「ふげん」命名と永平寺の関わり(シンポジウム主催者会見)
 シンポ終了後の記者会見で、「もんじゅ」「ふげん」の命名の経緯説明をしたのは松原徹心永平寺副監院。
「動燃理事長のキヨナリタダシ氏が、「ふげん」が完成し、「もんじゅ」工事に取りかかった頃、永平寺管長に面会して説明した。文殊菩薩の知恵と普賢菩薩の慈悲にあやかり、原発という人間の知恵が将来にむけて伸びる願いを込めたものだと
永平寺の禅師は、「良い名前をつけましたね」、というものだったという説明。
 20人をこえる報道関係者がいたが、回答のあいまいさや、注目されるシンポジウムを開催した永平寺の「脱原発」の本気度をしつこく問う勢いは感じられなかった。そこで私は思わず副監院に訊ねた。「当時の管長さんの回答は、在家からすると、永平寺が命名にお墨付きを与えたと理解するのが普通ですが、その点はどう思いますか?」と。
しかし、松原副監院はこう回答した。「当時の禅師がご自分の考えを述べたものではありません。お墨付きを与えたと永平寺は思ってはいません。キヨナリ理事長の願いが実現化してくれるといいのだが、とっても大変だ。原子力は地球上の生物の理論と合わない。これを今知らされました」。そこには、残念なことだとか、原子力発電施設名に菩薩名が使われてきたことを悔やむとか、改名を強く望むいう意思はなかった。永平寺が「良い名前をつけましたね」と言った管長名はいわなかった。

 ネットで調べると、「もんじゅ」「ふげん」を名付けた動燃理事長は、「清成迪」氏のようだ。在任期間は1972年9月-1977年11月。もんじゅ建設地は1970年に敦賀市白木に決まった。建設準備工事は1983年(昭和58年)1月25日に着手され、本体工事着工は1985年となっている。では問題の永平寺の当時の管長は誰なのだろうか?清成動燃理事長と任期が重なるのは、佐藤泰舜師(直指円性禅師:1968年1月~1975年)か、山田靈林師(佛真宏照禅師:1975年2月~1976年)のどちらか。秦慧玉師(慈眼福海禅師:1976年4月~1985年)も含まれるかもしれない。

◎高浜原発とプルサーマル
_aaa3780高浜原発3号機では、2011年1月から、MOX燃料を使ったプルサーマル運転を開始している。京都府の海の玄関口であり、物流拠点の舞鶴港は高浜原発から西にわずか11㌔しか離れていない。(高浜町上瀬漁港から11月3日撮影)

命名の経緯情報追記(2012年12月20日)
 当ブログ記事に対する反響は大きく、永平寺管長の関わりを具体的に指摘する曹洞宗関係者のコメントもいただいた。その結果、「もんじゅ」や「ふげん」の命名に秦慧玉管長が関わっていたという結末となっていた。
 ところが、その既成事実はなく、永平寺管長が命名に直接関わった経緯はなかったとする研究調査結果を学会で報告し、そのことを私に教えていただいた僧侶の方が現れた。

 日本印度学仏教学会第63回学術大会で報告された工藤英勝師である。工藤師の学会での発表要旨が師の個人ブログ(宗教と植民地布教 -朝鮮布教統計表から-)で公開されている。工藤師はなぜ永平寺管長が関与したという噂が今もって信じられているのか、動燃副理事長の「清成迪」氏による命名の具体的な経緯を明らかにしている。詳細はそちらを読んでいただきたい。ここでは、師の許可を得て、永平寺管長は命名に直接関与していた事実はないことと、命名したのは、「清成迪」氏自身であることをここに記し、私のブログ記事により拡散した誤った情報により、迷惑を受けられた方や関係者のみなさまに謝罪したい。 

「直接にも、間接的にも命名行為じたいに、秦師は関与していないし、原子力政策推進に積極的に関わっていない。しかしながら、上述のような肯定的な感想を述べ、事実を異なるかたちであっても、永平寺の要職者が命名に賛同しているという噂が蔓延してきたという」ことは、ある意味では、「もんじゅ」「ふげん」に代表される国産技術の新型動力炉にもとづく原子力政策を翼賛する社会的効果をもってきたといわざるを得ない」(工藤師の学会でのレジュメから引用

 工藤師は秦師の関与を明確に否定した上で、仏教界全体が国策の原発政策を容認してきたという事実に対しても、レジュメで厳しく指摘し反省を試みている。
 「仏教界の大勢としては、日本政府と企業体がナショナルプロジェクトとして推進してきた原子力政策をほぼ容認してきたことは動かすことのできない事実である。
 仏教者が命名以前に助言をしたり、命名後にその由来を聞いて感激したりしてきたことや、今日このことを仏教の教えにもとづいて否定的に評価する前提となる「仏教」とはいったい何かが厳しく問われなければならないことはいうまでもない。
 たとえ善意にもとづくにせよ、命名に関与した歴史的な責任は仏教者の共業として担わなくてはなるまい」
(同レジュメから引用)

 加えて、工藤師は以下のメールを私に寄せられた。

第一 曹洞宗僧侶の思い込みと願望によるものですが、貫首の手記がありながら似ても似つかない虚偽伝説を蔓延させてきたのかはいまなお謎です。

第二 構成員の私も含め、本当の反省をしていないし、そんな自己欺瞞を放置したままで、かりそめの「脱原発」を表明しているだけと認識しています。己の過去の所業すら点検できていないのですから。

 どうか、工藤師のブログと公開されている資料に目を通してください。


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