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2011年10月20日 (木)

日常に溶け込んだ原発:福井県の原発銀座(下)

(写真はクリックすると拡大します)

◎原発立地自治体に挟まれた小浜市
_aaa8338原発の密集する若狭地方だが、真ん中に位置する小浜市には原発がない。東隣の若狭町にもない。小浜市といえば大統領に就任したオバマ大統領に特別名誉市民の称号を与えようと検討したことがあったという。そのためか、小浜商工会議所には、オバマ大統領が演説する姿をプリントした楯と、彼に大きな期待を抱かせたプラハ演説の一部がプリントされて飾られていた。「核兵器のない世界の平和と安全を希求する決意」とある。だが、オバマ大統領はすっかり色あせた。演説がうまいだけだ。

 話を戻すと、この二つの自治体は東西から原発立地自治体にサンドイッチにされている。若狭町は風光明媚な三方五湖を持ち、小浜市も内海のような小浜湾が美しい。若狭町に原発がない理由は知らない。関西電力が自治体の取り込みに失敗したのかもしれない。小浜市には中嶌哲演師という真言宗僧侶の存在が大きいといわれる。中嶌師は国宝の本堂と三重の塔がある市内屈指の名刹の明通寺住職を務める。原発の危険性を訴えて反原発運動を長年闘ってきた闘士だが、地元では「狼少年」といわれ続けてきたと地元の人はいう。
 中嶌師は93年に結成された「原発行政を問い直す宗教者の会」でも牽引役をつとめてきた。会の結成時には、高木孝一敦賀市長(当時)に面会し、①高速増殖炉「もんじゅ」の臨界・運転を認めない ②敦賀原発3・4号の増設を認めない ③老朽化している敦賀原発1号炉の廃炉についての市長提言の実施を申し入れる活動などもしてきた。
_aaa8350左が中嶌哲演住職(69歳)。右は作家の窪島誠一郎氏(69歳)。ちなみに、小浜市に来たのは、窪島さんに同行撮影するため。窪島さんが父親の水上勉さんの故郷の関わり深い所を訪ねて歩く写真を撮るためだ。この日は窪島さんの「若狭と私」と題した文化講演があり、その後に中嶌さんら地元の識者数名が参加した、主に水上勉さんと若狭にまつわるシンポが行われた。(なお、このブログは窪島さんの個人的な思想信条とは無関係です)

 ほとんど小説を読まない私だが、水上さんは私の好きな作家で、とりわけ仏教関係の本は何冊も読んでいる。その水上さんの生まれは小浜市西隣の大飯(おおい)町。大飯半島の付け根部分の寒村の出身。関西電力大飯原発は、大飯半島が小浜湾につきだした尖端に建てられている。大飯原発の写真は何とか撮りたかったが、ゲートまで行っても見えないということと、時間が足りなかったために今回は諦めた。_aaa8806小浜湾の夕景。真正面の霞んで見える半島が大飯半島の尖端で、原発は山向こうにあるために見えない。

 原発のない小浜市では、財政難を解決する方策として、使用済み核燃料の中間貯蔵施設を誘致しようとする動きが市会を中心に起きたという。「2004年の市長選では、誘致に反対する当時の現職村上利夫市長に推進派の市議が挑み、大きな争点となった。結局、推進派は敗れ、誘致話は消えた」。「国からの電源三法交付金、県からの核燃料税交付金の配分額」は、「小浜市への交付は累計総額86億円、おおい町は387億円」。(福井新聞) 交付金のさじ加減は県に決定権があり、福井県庁のある県北(嶺北)には手厚く、原発のある県南(嶺南)には手薄いのが実状と地元の人から聞いた。

◎水上勉さんの故郷・大飯町
_aaa8958水上勉さんが生まれ育った集落入口。(大飯町 現人口は8863人) 美しい自然、釣り場、海水浴場を売りとする町のホームページから引用:「当町は、原子力発電施設立地の町であり、大島地域には大飯発電所が設置されています。西日本最大の電力供給基地としての役割を担い、関西エリアの約1/4の電力をまかなっています」

_aaa0630「陸の孤島」状態だった大飯半島を結んだ青戸大橋。1973年に架けられたというから、原発建設のために架かったのではないだろうか。

 水上さんは故郷の若狭が原発でひしめくように変わり果てたことをどう思っていたのだろうか。複雑な心境の1つの手がかりが2004年に再放送されたNHK教育TV「こころの時代」(一滴の水脈―儀山善来(ぎざんぜんらい)―)で語られている。

 「確かに成長路線に遅れていたこの若狭は原発誘致によって、経済的な地場産業のなかった生活に潤いを持ち得ました。長男行政というか、大勢の人たちが苦しんで誘致した結果ですけれども、都会を受益都市と申しましょうか、そういうエネルギーを目いっぱい消費する都会の中に紛れ込んでいるいる次、三男は必ずしも安全ではない原発を密集させているこの故郷をどう思うでしょうか。それは一口に簡単には言えない問題ではございます。私もそのことを日夜考えない日はないんですけど、<strong>物や金のおかげで贅沢できても、心の貧しい人々の氾濫は淋しい思いにさせられます。儀山さんや大拙さんのハングリーな時代に、彼らがいった、「一滴の水滴の中に宇宙がある」という、こういう思想、これもやっぱり価値があると思うんですね。この節約の親分のような大老師さまたちの思想(略)そして人間が生き急ぐことのために置き忘れてゆくもののことを考え、取り戻せるものならば取り戻し、そしてまたこの文明との共存を考え・・・」

_aaa0613原発マネーで建てられた「うみんぴあ大飯(こども家族館)」。大飯原発の手前には、PR館として「エルパークおおい」(関西電力のWeb)が建てられているが、今回はそこまで行く時間がなかった。

_aaa0621こども家族館入口に建つ銅像。ちょっと気持ちが悪い感じがして私の好みではない。隣接するエルガイアおおい(関西電力)は、「エネルギーの未来と地球の未来を考えるのがテーマ」の館だそうです。

_aaa0637プレーパーク大飯(おおい町総合運動公園)敷地内にあるフィットネスセンターアクアマリン

◎高浜原発のある風景
_aaa0650若狭たかはまエルどらんど」 自然と科学を見て・ふれて・感じることができるサイエンスパークというのがキャッチフレーズ(関西電力のweb)。「地球科学」をテーマにした関西電力のPR館。原発とは離れた幹線国道沿いに建つ。(高浜町)
_dsc2353

_aaa0694関西電力高浜原発1・2・3・4号機。正面ゲートからの風景。高浜町内浦半島のくびれ部分に立地。高浜3号機は2011年1月にMOX燃料を使ったプルサーマルを開始。先の中嶌哲演住職によると、プルサーマル運転開始で県と高浜町は60億円の交付金を6年間でもらうことになるという。

「若狭には30年以上の原発が8基もある。そのうち40年以上が2基。15基のうち8基が老朽原発です。敦賀、美浜、大飯、高浜の各サイトは30年以上の老朽炉を持ち、運転を許可することで県も含めて各25億円を受け取った。さらに40年以上は単年度のみ、1億円のおまけ付き」(大法輪7月号に掲載の坂本工氏による中嶌住職インタビュー記事から)

2高浜原発の裏側から見た遠景。細かく入り組んだ内浦湾の対岸に位置する上瀬港から。距離は3㌔。漁村と向き合う原発の構図を見ていて、ふと想像したのが上関原発建設予定地と対岸4㌔にある祝島の関係。祝島島民の30年近くに及ぶ原発建設反対運動により、中国電力は上関半島の先っぽに原発を建設できないでいる事実。内浦湾には数多くの漁村や観光地そのものの素晴らしい景観や日本棚田百選に選ばれるほどの棚田もあるのだが。暴力的な原発誘致をはねのけてきた祝島とは、ことさら対照的に見えてしまう景観だ。

_aaa0708内浦湾対岸の日本棚田百選に入るほどの日引の棚田から見る原発方向の夕景。祝島は日引と同様に半農半漁で生計を立ててきた歴史が詰まっているのだが。

◎福島県は東の原発銀座(13基)となる予定だった
_aaa9986日本の全原発マップ。建設中も計画中も含まれる。原発事故前のマップから、福島県だけでも、13基が集中する東の原発銀座となる予定だったことが読みとれる。不思議なのは、使用済み核燃料の中間貯蔵施設である青森県六ヶ所村が抜けている点。意図的としか思えない。

 水上さんは生前、故郷に「若州一滴文庫」を作った。命名には故郷が原発で荒れてゆくことへの思いをこめたという。晩年、同年代でうまが合った不破哲三日本共産党委員長(対談当時)との対談がまとめられた本がある。「一滴の力水」(2000年、光文社)。第九章は「若狭と原発と東海村」。二人は東海村での臨界死亡事故のことから語りだす。この中で、水上さんは、原発推進派と原子力安全委員会の関係を、<strong>「泥棒に家の安全のカギを渡したみたいなこと」と表現している。この本でも水上さんはこう言っている。
大飯町で掘り起こすべきは、故郷の先達のこういう精神(山本注:大飯半島の大島出身で岡山・曹源寺の老師となった儀山善来師らのこと)であって、故郷を、大量のエネルギーの浪費を支える原発などの場にすべきではない。意識的に一滴と名付けた理由は、それでございます」

◎蛇足:小中学生のための「もんじゅ」解説絵本と文殊菩薩
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 敦賀原子力館で小中学生向けの飛び出す絵本式「もんじゅ」PR本を見つけた。日本原子力文化振興財団が制作。かなり前に発行されたもののようだが、「プルトニウムは準国産エネルギー」と解説している。「日本の高速増殖炉はすべてわが国独自の技術によって開発されており、その技術は世界最高水準といわれています」とも。「もんじゅ」は水で冷やすのではなく、ナトリウムで冷やす構造。そのナトリウムが洩れて火災事故が起きたのが1995年。2010年の試運転再開→炉内中継装置落下事故→試運転中止。よって、この絵本が制作されたのはナトリウム漏洩事故前か?

 若狭に集中する原発問題の先行きは、マイナスだけとも限らない。原発事故を機会に足元から見直す動きが出てきている。先日の新聞記事で、仏教の菩薩名を使った高速増殖炉「もんじゅ」や「ふげん」の命名に、福井県の永平寺が関わったことを明らかにしたのには驚いた。毎日新聞のweb版によると、「福島第1原発事故を踏まえて、事故が起きれば子孫にまで影響が及ぶ原発は仏教の教えに相反するとし、これまでの認識不足への反省を込めている」。「原発に対する認識が足りなかった私達の責任は重い。懺悔する事から始めたい」と西田正法(しょうぼう)布教部長。永平寺では11月2日にシンポジウムを開き、中島哲演さんと福島県飯舘村の酪農家、長谷川健一さんが講演し、作家の朴慶南(パクキョンナム)さんの司会でシンポジウムが開催されることになっている。
 中嶌住職によると、敦賀半島でM7~9クラスの大地震が70~80%の確立で起きる可能性あると指摘する地震学者もいるという。手遅れになる前に、まずは地元でも最も危険とささやかれている「もんじゅ」を廃炉にするべきだろう。老朽化原発を止めることだろう。
 その一方で、日本原電社長は、福島第一原発1号基と同型で、稼働40年をこえる敦賀原発1号基を2016年まで稼働したいと表明している。(福井新聞2011年8月26日) 
 敦賀市の河瀬市長が14日、「もんじゅの火を消さずにぜひ目的を達成していただきたい」と、文科省の副大臣に対し運転再開を要望したことは(上)で書いた。東電の原発事故は他人事の感覚に、原発マネーに浸かりきった人たちの感覚マヒにつける薬はないと思うほかはない。


 

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コメント

同じ時代に写真にたずさわってきた一人として、山本さんのお仕事を知り脱帽しています。
私は2011年いらい写真から少し遠ざかっていますが、貴兄のこんなに素晴らしいお仕事に感動しています。
これからも写真で世界を伝えて、この社会をかえていっていただければと思います。

投稿: 中川賢俊 | 2013年9月 1日 (日) 08:21

中川さま

コメントありがとうございます。
取材し情報を発信する者、その情報を受ける者、それぞれが
できることを果たしていけば、社会は着実に変わってゆくと信じています。お互いに自分でできることを果たしていきましょう。

投稿: 山本 | 2013年9月 2日 (月) 20:07

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