南相馬市と浪江町津島:ちょっと遅れた20㌔圏外取材ルポ
(注:取材してから2週間も経つので、記事内の放射線量についてはそのつもりで読んでください)
取材したのは4月26日。チェルノブイリ原発事故から25年にあたる日の、20㌔圏外の放射線量の写真と、取材の要点です。ガイガーカウンターの測定数値は、3/11以前の平時と比べて現地がどの程度高いかを知る目安にしてください。(ちなみに、4月27日、都内自宅前で測定した数値は毎時0,08マイクロシーベルト)
福島市内の駐車場で車中泊したこの日は、飯舘村を通過して南相馬市に入り、再び飯舘村を経由して浪江町まで移動。遅くに都内の自宅に帰宅しました。4月22日以降は、南相馬市から隣接する浪江町に抜けるルートは、20㌔圏内が「警戒区域」と指定され、立入禁止となったために迂回するほかはなくなったからです。
(南相馬市の国道6号線を浪江町に向かって南下すると、約25㌔地点辺りで警察の検問所があり、そこからは立入禁止。警察官の前で測定すると、毎時0.43マイクロシーベルト前後だった。ちょうど南相馬市の南端が20㌔圏内に入る)
南相馬市では真言宗泉龍寺に石川信光住職を尋ねて、大震災以降の状況を伺った。ご住職のことを知ったのは朝日新聞の4月16日朝刊に掲載された記事だった。見出しは、「檀家置いていけぬ。自ら弔いの場へ 原発から25㌔に居続ける南相馬市の僧侶」。原発事故後、「屋内退避指示」となった南相馬市では、ほとんどの住職が圏外へ避難したが、石川住職は寺に留まり(ご家族は避難させている)、津波による犠牲者の供養を火葬場に駆け付けて読経奉仕してきたとあった。私が直接取材したくなった理由は、最も必要とされるときに僧侶としてやるべきことを実践しているところにあった。
石川住職のお話で痛感したのが「30㌔の線引き」が生み出した厳しさと混乱。この時点で大震災から一月半が過ぎていた。海岸沿いの津波で壊滅的な被害を出した地域は別だが(ちなみに南相馬市の死者は531人、行方不明は410人。福島県内では最大の犠牲者を出している。5月7日時点)、地震による崩壊家屋は多くはなく、市内各所で住民が普段の生活に戻ろうとしている印象を受けた。しかし、住職によると、寺には宅配も郵便物も新聞も直接配達されないという事実。コンビニや個人商店はすでに営業しているが、大型スーパーはまだ開店していない。大手マスコミにいたっては、石川住職を直接取材したのは朝日とCNNだけで、他は電話取材だけという。そのため、「屋内避難指示」地域は「報道規制」がかかっているんじゃないかと住職はいぶかった。
「ここはまだ復興のスタートラインに立っていない。原発が収まらないと無理だべ」が住民の気持ちだと、ご住職が話したのも最もだ。
石川住職は仏教僧として、大震災後から火葬場にかけつけ読経奉仕をしてきた。
「津波にのみこまれた苦しさの中で、すがるもののない中で亡くなり、火葬にされてゆく。宗派の違いはいってられない。さらっと拝んだだけでは成仏はありえない。お経を唱えることで、(死者に)行先の安心の道を示してやることができる」。
ご住職は、阪神淡路大震災の時は、現地にかけつけ死者の供養をしたという。それで私も合点がいった。放出される放射線にビクビクして圏外へ避難する選択よりも、宗教者として重要なことは何かを普通に実践されたのだと。
取材中、奥さんと母親を津波で失った40代後半の男性が生花を備えにやってきた(写真は同行の男性。右側が石川住職。事故後は屋内でもマスクは手放さないという)。男性は震災翌日に奥さんの遺体を見つけ、母親の遺体は一月後に独力で、自宅から1.5㌔離れた林で見つけだしたと話した。ご住職の案内で遺骨が安置されている本堂に向かうと、そこには11人分の遺骨が並べられていた。一つだけが小さな包みで、1歳の女の子の名が記されていた。
南相馬市は、一部が「避難指示」、一部が「屋外退避」指示と線引きされたことがいろんな場面で尾を引いていることを実感する取材となった。
(写真は飯舘村と浪江町の境。毎時16.73マイクロシーベルトは相当に高い)
飯舘村では午前中に数カ所で測定済みなので、飯舘役場の前を通過し一本道を南下して前回取材した浪江町津島の渡辺さん宅へ直行。21日のブログ「東電福島第一原発から30㌔(浪江町津島)の住民」で紹介した一家だ。原発からちょうど30㌔の距離に位置するが、風の通り道のために放射線量が当初から異常に高く、2週間前でも毎時20マイクロシーベルトを越すホットスポットだ。
運良く渡辺さんが在宅で、避難住民から頼まれている留守宅の犬のエサやりに同行した。約26㌔地点にある警察の検問所を迂回してたどり着いた空き家には、5匹の犬が空腹を耐えかねたかのようにワンワンほえたてた。犬小屋の回りはフンだらけ。渡辺さんは2~3日置きにエサと水をやり、フンの片付けにくるという。主のいない民家の土手の桜の木は満開だった。
渡辺さんの住む浪江町の大半の住民は早くから避難しているが、渡辺さんは30㌔圏上に位置するため、一時避難はしたものの、老いた母親とともに家族で自宅に戻って生活を続けている。しかし、浪江町全域も隣り合う飯舘村や葛尾村も併せて「計画的避難区域」となったため、5月いっぱいの引っ越しを迫られている。
(渡辺さん宅入り口の道路上。19.99マイクロシーベルト以上で振り切れた。2週間前と変わらない)
「どうやら引っ越すほかはないようだね。行政に引っ越し先をまかせても遠くになってしまうだろうから、自分で二本松市辺りにアパートを借りるつもり。車で通って仕事を続けるしかない。高校生の子どもは明後日引っ越させるよ」。渡辺さんが自宅での生活に思ったほど拘っていないことにいくらか安堵した。
89歳のお母さんが気になったので伺うと、毎日元気に外で仕事をしているという。ただ、心配なのは、避難生活で心臓が悪化したお母さんが、元気の素である我が家と畑から切り離されてからのことだ。同時に私と一歳しか違わない渡辺さん一家が、避難先が決まって実際に避難するまで、自宅に留まっているだけでも相当な放射線を浴びることになるのは免れない。仮に毎日5時間、屋外で仕事をしているだけで毎時20マイクロシーベルト浴びるので、毎日100マイクロシーベルト浴びる計算となる。10日で1ミリシーベルト、30日で3ミリシーベルト。60日で6ミリシーベルト。体内被曝も考慮すると、とても心配な放射線量を浴びることになるのは否定できない。
2週間前と同様に、原発から20㌔地点の昼曽根トンネル入り口で測定するため、114号線の約26㌔地点の検問所を通過させてもらい、トンネル入り口までたどりついた。ここは、渡辺さんの住むところ以上に数値が高い。文科省のモニタリングマップでは83番スポット。5月7日の測定では毎時40マイクロシーベルト前後。検問の警察官を前に私が計ったこの日は、毎時19.99マイクロシーベルト以上で振り切れた。ここで心配なのは、警察官のみなさんは普通のマスクをしているだけで線量計は身につけていない。その点を訊ねてみると、「班に一つしかありません。それで計っています」、という。おそらく検問所は交代任務だろうが、毎日5時間屋外で検問しているだけで、一日200マイクロシーベルト、5日で1ミリシーベルト被曝する計算となる。素人的にこれで安全なのかと思えてしまうのだ。最初の南相馬市の検問所の放射線量と比べてみると、異常に高い数値が一目瞭然。警察官のみなさんは、写真のように若い人ばかり。心配せざるをえない。ここにも、政府の安全管理の手落ちを見る思いだ。10日からは避難住民の一時帰宅が始まる。
(追記:神奈川県警の担当課に電話したところ、現時点では現場から引き揚げているので任務についていないとのこと。ということは別の県から応援が任務についているはず。放射線対策は大丈夫だろうか?)
| 固定リンク
「ニュース」カテゴリの記事
- 三度目の能登半島。棄民なのか?!大震災からまもなく5ヵ月なのに・・・(2024.05.31)
- 空師高橋渉さんの樹上の舞(2024.04.09)
- 能登半島大震災が「原発震災」を免れることができたのは?(2024.03.21)
- 李元栄(イ・ウオニョン)さんの浜松スピーチ。汚染水放出抗議する!(2023.10.04)
「東日本大震災(津波被災地)」カテゴリの記事
- 佐々井秀嶺師についての執筆記事一覧(2004年~2018年)(2023.06.06)
- 「命の行進2020 2020年3月10日」 南相馬市小高区から浪江町請戸海岸まで雨中15キロ 犠牲者追悼行進(2020.04.01)
- 東京五輪の是非を8人と1頭から聞きました(取材は3月7日から16日まで)(2020.03.30)
- 「痛みを分かつこころ」とは。9年目の東日本大震災と原発事故(福島、宮城、岩手3県巡りからPart2。大津波被災地巡り)(2019.03.23)
- 「痛みを分かつこころ」とは。9年目の東日本大震災と原発事故(福島、宮城、岩手3県巡りからPart1)(2019.03.21)
「東日本大震災(原発事故・放射能汚染)」カテゴリの記事
- 李元栄(イ・ウオニョン)さんの浜松スピーチ。汚染水放出抗議する!(2023.10.04)
- 東電福島第一原発事故による核燃料デブリ汚染水海洋放出反対の声(2023.09.07)
- 佐々井秀嶺師についての執筆記事一覧(2004年~2018年)(2023.06.06)
- 残照館(KAITA EPITAPH)として旧信濃デッサン館が復活(2020.06.16)
- 「命の行進2020 2020年3月10日」 南相馬市小高区から浪江町請戸海岸まで雨中15キロ 犠牲者追悼行進(2020.04.01)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
原発で作業に当たっている人たち、この警官や自衛隊員など周辺活動に当たっている人たち、そして何よりも、まだそこに暮らしている人たちの尊い命、5年後10年後の命を、政府(総理大臣はじめ安全委員会、保安院などみんな)や東電幹部たちは、どのくらい大事に思っているのでしょうか。
山本さんの線量計は『日立アロカ』製のシンチレーション検出器というものですか。そうだとしたら、かなり低い値から測れる精度の高いだと思うのですが、逆に福島などでは振りきれてしまうのではないでしょうか。
測定範囲が0.001~19.99μSv/hというのと0,01からというのではずいぶん違うのでしょうか。
投稿: kazenosaburou | 2011年5月10日 (火) 07:33
毎度様です。
まだ20キロと30キロ地点の2箇所に検問があった頃、20キロ地点の警官がタイベック+全面でマスクで警備していてこりゃ万全だなと思ったことがありました。
今じゃ20キロ地点の検問どころか、遺体捜索や一時帰宅まで紙マスクです。
線量だけじゃなく滞留してるダストの吸い込みなんかは考えないんですかね。
投稿: TSさん | 2011年5月10日 (火) 21:18